スタートアップM&Aの法務(続編1):表明保証

このコラムでは、株式取得による未上場スタートアップの100%子会社化によるM&Aのケースを念頭に置いて、M&Aの最終契約の「表明保証」について説明します。


1.表明保証総論


(1) 表明保証とは


表明保証とは、契約書の中で、ある当事者が、他の当事者に対して、特定の事実(が真実・正確であること)を表明し、保証するというものです。

具体的な例を挙げると、例えば、M&Aの契約の中の、次のような条項です。

(例)
売主は、買主に対して、本契約締結日及びクロージング日において、以下の各事項が真実かつ正確であることを表明し保証する。
(中略)
(d)  対象会社は、その従業員に対し法令等上支払義務を負っている全ての賃金を支払っている

この場合、売主が買主に対して、本契約締結日・クロージング日双方について、「対象会社は、その従業員に対し法令等上支払義務を負っている全ての賃金を支払っている」という事実が真実・正確であることを表明し保証している、ということです。

では、「表明し保証する」というのは、どのような意味でしょうか。もともと表明・保証というのは、英米法に由来する概念で、日本のM&A契約が英米のM&A契約の影響を受けて発展してきたため、日本のM&A契約でも定められるようになった条項であり、もともと日本法に表明・保証という概念はありませんでした。このため、日本法が準拠法となる契約で「表明・保証」条項を入れた場合に、どのような意味を持つのか、これまで様々な議論がされていました。

現在は、「損害担保契約」(これも、日本の法律に書かれている概念ではないですが、例えば、メーカーが消費者に行う品質保証がこれに当たります)の一種と考えるのが一般的な考えです。これは、一定の結果が発生した場合に、契約内容に従って金銭補償の請求権が発生する、というものです。この考え方以外に、表明保証が債務不履行責任(契約上の義務違反による損害賠償など)や契約不適合責任(かつての瑕疵担保責任)の一種だという見解もありますが、現在は、表明・保証はこれらの責任とは性格が異なっていると考えるのが一般的な見解です。具体的には、そもそも当事者に義務・債務があることが前提となった責任か、責任が発生する前提として帰責性が必要か、売買目的物(株式)自体の欠陥なのか、などの点から、これらの責任とは性格が違うといわれています。

以上、やや抽象的な説明になりましたが、具体的な帰結としては、以下の点が重要です。
・表明・保証条項は、違反した場合どうなるか、契約書に書いておかないと、結局違反した場合にどのような責任を追及できるのか不透明である。(民法などの法律で効果が決められている、債務不履行責任や契約不適合責任との違いです)
・表明・保証した側に、表明保証違反について帰責性がある必要はない。(例えば、会社の経営に全くタッチしておらず、数%の株式しか持っていない少数株主であっても、表明・保証した事実が間違っていれば、契約書に従い責任を負います。もっとも、そのような少数株主が、自分は会社の状況をよく知らないので表明保証責任を負えないとして、契約書に表明保証条項を入れないように求めてくることはよくあります)

より実用的な話に移ると、表明・保証の、実際のM&A取引における意味合い(機能)は以下のとおりです。

(i) 価格算定の前提

M&Aで会社を売買する際には、会社の状態について一定の前提(例えば、偶発債務がないこと)を置かないと価格の算定ができません。デュー・デリジェンスである程度は対象会社の状態が分かるとはいっても、デュー・デリジェネスは時間や費用も限られ、かつ対象会社の任意の協力に依存しています。このため、デュー・デリジェンスでは発見できない事実は当然に出てきます。

M&A契約の中に表明・保証条項が置かれ、それが間違っていた場合に売主が補償してくれるのであれば、買い手は表明・保証の事実が正しいことを前提に買収金額を算定できます。

この関係で重要なのは、買主が表明・保証違反を認識していた場合でも、売主に表明保証責任を追及できるのか、という点ですが、後で説明します。

(ii) 情報開示促進機能

表明・保証違反が判明すると売主が責任追及される可能性があるので、M&Aの契約交渉をしている中で、売主から「実は・・・・なので、表明保証の対象外にしてくれ」と、事実が開示されることがあります。実際に、デュー・デリジェンスでは発見できなかった事実が、M&A契約の表明・保証条項の交渉の中で発覚することもあります。開示された場合、買主は、表明保証の対象外にする代わりに、買収金額を調整する(さらにクリティカルな場合は、M&Aを取りやめる)といった対応策をとることができます。

なお、開示して価格を引き下げられるくらいなら開示しない(後日見つかったらその時に考えればいい)という不誠実な考えの売主も中にはいるかもしれませんが、表明保証に違反した場合、違反がクロージングまでに発覚した場合は、取引実行の前提条件、解除条項などで、買主が取引をストップする根拠にもなります。また、場合によっては詐欺(民法96条・刑法246条)に当たることもありえると思われます。

なお、表明保証は、売主・買主が自分自身について行うものもありますが、M&A取引で一番重要なのは、売主が買主に対して行う、対象会社についての表明保証です。M&Aの交渉で、表明保証について主に問題となるのは、この点です。このため、基本的には、売主が買主に対して行う、対象会社についての表明保証を念頭に置いて説明します。


(2) M&Aの最終契約書での表明保証の位置づけ


M&Aの最終契約書の中に「表明・保証」というタイトルで、1つの条項が置かれることが多いですが、「表明・保証」が実際にどのような意味を持つのかは、M&A最終契約の規定次第です。

通常は、以下の3つの意味があります。なお、これらのうち、(ii)(iii)は、通常クロージング前にのみ意味があります。

(i) 補償

表明・保証違反の場合に、相手方が被った損害の補償を請求できる、というものです。クロージング前後を問わず可能ですが、一般にはクロージング後に発覚して補償を求めるケースが多いです。

(ii) 取引実行(クロージング)の前提条件(CP)

表明・保証に違反した場合に、クロージングを拒絶できる、というものです。クロージングの拒絶は相手方に与える影響が大きいので、重大な違反に限ることが多いです。

(iii) 契約解除

表明・保証に違反した場合に、契約を解除できる、というものです。こちらも重大な違反に限るのが普通です。(ii)のCPとの違いは、CPの場合は、後日治癒されクロージングに進む可能性も(表明・保証の性質や契約の定め方にもよりますが)まだ残るのに対して、契約解除されると、契約自体がなくなるので、取引が実行されることはないということです。

なお、法律(民法)の原則からすると、契約解除は取引実行(クロージング)後でもできるのですが、M&Aをクロージング後に解除すると混乱を招くため、クロージングまでしか解除できないと契約に明記しておくのが通常です。


(3) 表明・保証と当事者の主観の関係


表明・保証に当事者の主観がどう影響するかという問題です。

これには3種類あり
・相手方が表明・保証違反を認識していた場合
・表明保証した当事者が表明・保証違反を認識していなかった場合
・表明保証自体に誰かの主観が組み込まれている場合
に分けて説明します。

(i) 相手方が表明・保証違反を認識していた場合

典型的には、売主が対象会社について行った表明・保証について、実際には違反していることを、買主が認識していたケースです。例えば、上に例として挙げた未払賃金のケースで、デュー・デリジェンスの中で、対象会社にサービス残業があること(つまり、対象会社が本当は払わなければいけないのに払っていない残業代が存在していること)を認識していた場合です。

表明・保証の機能が、対象会社の買収価格の算定のベースとなることであることを考えると、買い手が認識している場合は、買収価格の算定に織り込むことができるように思われます。そうすると、そのような場合は買い手が表明・保証違反の主張をできなくても問題ない、ということになりそうです。

もっとも、そのような場合でも、買い手が表明・保証違反を主張できるようにするニーズはあります。一つは、違反の事実を認識してはいるものの、金額的インパクトが読めないので、買収価格への算定が難しいというケースがあるためです。そのような場合は、買収金額を調整するより、問題が顕在化した際に補償請求で対応する方が適していそうです。上に挙げたサービス残業のケースも、M&A時に未払残業代の額を算定して買収価格を調整しようとしても、金額算定は簡単ではないでしょう。もう一つは、そのような事実を一応認識していたが、確証はない(サービス残業が発生していそうだが、確証はない)というケースです。これは、買い手に「認識」があるといえるかどうか微妙なケースともいえますが、この場合も、確証がない以上対応が難しいため、問題が発生した際に補償請求で対応する方が適しているといえそうです。

実際、このような場合を念頭に置いて、相手方(買い手)が認識していた場合でも表明保証違反を追求できる(プロ・サンドバッキングと呼ばれます)と明記するケースもあります。ただ、表明保証は、保証だけでなく、取引実行の前提条件(CP)、解除事由にもなっています。そうすると、買い手がいざとなったら表明保証違反を口実にクロージングの拒絶もできることになりそうですが、買い手が認識していた表明保証違反で、これらの権利を行使することを認めるのが妥当なのか、という問題はあります(もっとも、買い手からすると、売り手がきちっと表明保証の対象外としておけば回避できる、という反論はされるでしょう)。

他方、相手方(買い手)が認識していた表明・保証違反は追及できないと定めるケースもあります(アンチ・サンドバッキングと呼ばれます)。ただ、この場合、買い手としては、現時点で金銭評価が難しい事項がある場合、対応に困ってしまいますので、その場合は、表明保証とは別建てで、「特別補償」条項を置くことがよくなされます。特別補償とは、ある事実(例えば未払残業代)により損害が発生した場合に、その損害を補償するという条項です。表明保証の場合は、未払残業代(未払賃金)が「ない」ことを表明保証し、それが間違っていた場合に補償請求ができる、という形になりますが、特別補償の場合は、未払残業代がないとは言わず、未払残業代(未払賃金)により損害が生じた場合に補償する、と定めることになります。また、特別補償条項として定めた場合は、未払残業代(未払賃金)が「ある」ことを理由にクロージングを拒絶したり(CP不成就)、契約解除をしたりすることはできません。

なお、特別補償条項を定めた場合、そのような問題があることを一種自白するような形になりますので、例えば何らかの事情で関係する第三者(このケースでいえば労働者や労基署)に伝わった場合に不利になるのではないか、といった懸念もあります。

また、相手方(買い手)が認識していた場合(又は認識できた場合)は買い手が表明・保証違反を主張できないとする場合、どのレベルの認識(認識可能性)を必要とするか、という問題もあります。例えば、マネジメント・インタビューでサービス残業があることを対象会社経営陣が認めている場合もあれば、そのような一見明らかなエビデンスはないものの、対象会社から提出された人事記録を子細に検討すれば判明するという場合もあると思われます。

なお、プロ・サンドバッキングか、アンチ・サンドバッキングか、最終契約にあえて明記しない場合はよくあります。その場合は、裁判所の判断次第ですが、買い手が認識していた場合、あるいは重過失で認識していなかった場合は請求できない、という立場に立っていると思われる裁判例もあります。

(ii) 表明保証した当事者が表明・保証違反を認識していなかった場合

表明・保証した当事者の主観は影響しませんので、この場合でも表明・保証違反になります。

(iii) 表明保証自体に誰かの主観が組み込まれている場合

表明保証の内容の中に、例えば、誰かの「知る限り」「知りうる限り」という限定が組み込まれている場合です。

例えば、特許権などの産業財産権については、知らずに第三者の特許を侵害していたということがあり得るため、そのような限定をつける場合があります。「知る限り」だと実際に知らない限り表明保証違反にならず、「知りうる限り」の場合は、合理的な調査をしても判明しないのであれば表明保証違反にならないことになります。

表明保証違反が、買収価格算定の前提となる事実関係を定めるものであることからすると、表明保証に主観を入れるのは適切でないという考え方もあり得ますが、実際上は、表明保証違反が判明した場合の影響の大きさ(補償、場合によってはディールが中止になる)を考え、コントロールの利かないものについては主観による限定を入れることはしばしばあります。

なお、主観による限定を入れる場合、具体的に誰の主観なのか、も明確化しておくのが望ましいと考えられます。例えば、売主の買主に対する対象会社についての表明保証の場合、売主の主観なのかそれとも対象会社の主観なのか、また、会社の中でどのレベルの人の主観を問題視しているのか、ということです。


(4) 表明・保証と重大性


これは2種類あり、ひとつは、表明保証違反で何らかのアクションを起こす際に、「重大な」表明保証違反の場合のみアクションがとれると定める場合です。補償請求についてはそのような制限は設けないことが多いですが(ただ、細かい補償請求がされると煩雑なので、一定の金額以上の損害が発生した場合だけ請求できるとすることはよくあります)、取引実行の前提条件(CP)、契約解除については、重大な表明保証違反に限ることが多いです。

もう一つは、表明保証それ自体に「重大性」が組み込まれているケースです。例えば、「対象会社の事業に重大な影響を与える紛争は存在しない」という表明保証をするケースであり、この場合は、影響が重大「ではない」紛争があっても、表明保証違反にならないことになります。

ところで、前者と後者の両方で「重大性」が要件となっている場合はどう扱われるのでしょうか。具体的には、上のケースで、対象会社の紛争が発覚し、買主がクロージングを拒絶しようとした場合に、「対象会社の事業に重大な影響を与える紛争」という1段階目の「重大性」と、クロージングの前提条件(CP)での「重大な」表明保証違反という、さらにもう一段階の「重大性」の絞りが両方かかり、極めて重大な影響を与える紛争がある場合しかクロージングを拒絶できないのではないか、という疑問です。これは、「Double Materiality」の問題と呼ばれ、実際に訴訟になった場合に裁判所がどのように判断するのかは不透明ですが、このような解釈がされる可能性があるため、「重大性」要件を重畳的に適用するのは富豪と考える場合、「重大」を二重には考慮しない、と明記することもあります。


2.表明保証各論


次に、各論として、各項目ごとに解説します。

なお、項目ごとの補償請求の可能性は、個別の事情次第で変わりますが、AIG損保が2011年から2018年に引き受けた表明保証保険の保険金請求について調査したレポート(M&A:大型保険金事案増加の大波)によると、財務諸表(20%)、租税(18%)、法令遵守(16%)、重要な契約(13%)、雇用・労務関係(9%)、知的財産(7%)、訴訟(7%)、操業関連(6%)、環境(3%)、本源的表明保証(2%)となっています。なお、100万米ドル超の請求事案に限ると、財務諸表(32%)、重要な契約(17%)の順となり、この2つは大型の損害が生じやすい項目といえそうです。


(1) 売主・買主自身についての表明保証


売主・買主とも、自分自身について、以下の表明保証をするのが一般的です。なお、スタートアップM&Aでは、経営株主など個人が売主になることも多いですが、その場合は一部の規定が変わってきます。
①法主体として有効に設立・存続していること

②M&A最終契約を有効に締結・履行できること

③M&A最終契約上の義務が強制執行できること

④M&A最終契約の締結・履行が法令・売主定款等や、当事者の締結している他の契約に反しないこと

⑤倒産申立て等がされていないこと


また、売主は、

⑥M&A最終契約で譲渡する株式等の権利を有すること についても表明保証します。


これらの表明保証条項は定型的で、対象会社に関する表明保証と異なり、大きな議論になることは少ないといえます。

①~③については、そのような表明保証に違反した場合に補償請求することは難しいため、表明保証違反による補償というより、万が一違反が発覚した場合にクロージングを拒絶したり、クロージング後であれば、代表者に対する個人責任の追及の効果を意図していると考えられます。

④は、独禁法・外為法などの手続違反、取締役会決議などの社内手続き違反などがあり得ます。また、投資家との間で株主間契約が締結されているスタートアップでは、株主間契約上の手続の遵守も該当します。

⑤は、倒産申立てがなされた場合やその前段階の場合は、詐害行為否認権でM&A契約が否認される可能性もあるため、詐害行為否認のリスクを下げるために置かれる条項です。

⑥は、売買目的物である株式の保有についての表明保証です。株主であることに加えて、対抗要件を具備していること、担保権や差押え等がないこと、株主間契約に定める制限がないこと、紛争がないことも表明保証の対象にすることが一般的です。なお、スタートアップでは投資家との株主間契約が締結されているのが一般的ですので、それは除外しておく必要があります。


(2) 対象会社についての表明保証


①対象会社の設立・存続・株式等

対象会社が有効に設立・存続していること、発行済みの株式の内容が表明保証の対象となります。また、取引実行が許認可に違反しないことも表明保証の対象になります。

②会計・税務の関する事項

対象会社の計算書類が正確であること、税務申告が適切になされ未払税金がないことなどが表明保証の対象となります。

③労務に関する事項

未払賃金などの潜在債務がないこと、開示された労働契約と異なる合意がないこと、労働組合の存否や労働協約の内容、労使間の紛争の不存在などが表明保証の対象となります。

④保有資産に関する事項

保有しているとされる資産について完全な権利を持っていること等が表明保証の対象になります。なお、スタートアップでは知的財産権の重要性が高いことが多いですが、知的財産権については、知的財産権を保有又は有効なライセンスを受けていること、担保・差押えなどがないこと、第三者の知的財産権を侵害していないこと、第三者から侵害・無効等の主張をされていないことを表明保証します。

⑤契約に関する事項

まず、対象会社の価値を把握する上で重要性のある契約について、有効に締結・存続し、解除等されていないことを表明保証します。また、チェンジ・オブ・コントロール条項、競業避止義務条項、最恵国待遇条項など、M&A後の事業展開に障害をもたらす条項の有無についても表明保証します。

⑥許認可・コンプライアンス・紛争に関する事項

必要な許認可を保有していること、停止等の事由がないこと、法令を遵守していることが表明保証の対象になります。なお、法令遵守は包括的な表明保証であるため、重要なものに限る、あるいは「知る限り」などの限定が付されることがよくあります。また、反社会的勢力との関係がないこと、環境法制を遵守していること、紛争がないことも表明保証します。

⑦情報開示

買主からは、開示された情報が正確であることの表明保証や、重要な情報がすべて開示されていることの表明保証を求められることがあります。他方、売主からみると、特に後者の表明保証は負担が重いため、激しい交渉がされやすい項目です。


3.表明保証に関する裁判例


実際に表明保証違反が裁判例でどのように問題となっているのかイメージがつかめるよう、M&Aの表明保証に関する最近の裁判例を紹介します。

なお、表明保証の法解釈に関わる論点というより、実際のM&Aでどのように表明保証に関する紛争が発生しているのかイメージをつかんでいただく観点で紹介しています。また、小規模なM&A案件の事例も紹介しています。


(1) 東京地裁2023年1月26日判決


この事案は、インターネット通販を行うX社のオーナー経営者であったAが、BにX社の株式を550万円で譲渡し、社長を退任した後、X社に貸付金・立替金の返還を求める訴訟を提起した事案です。X社も、Aに対して、X社の計算書類の正確性に関するAの表明保証違反(M&A実行前に、X社はAに対する負債を帳簿に過大計上し過剰に弁済を受けていた)でAに賠償を請求しました。(対象会社自身であるX社自身も、株式譲渡契約の当事者になっていました)

まず、AからX社への請求は、株式譲渡当時のX社の貸借対照表は、当時オーナー経営者であったA自身の下で作成されたものであって、その貸借対照表をもとにM&Aの条件が決定・実行されたにもかかわらず、M&A実行後になって、AがX社に簿外債務があると主張して償還を求めたものです。加えて、Aは、(XではなくBに対してですが)X社の計算書類の正確性を株式譲渡契約で表明保証していました。このような事情から、裁判所は、Aの請求は信義則に反し認められないと判断しました。

一方で、X社のAに対する請求についても、X社の帳簿がそもそも正確でなく、X社のAに対する負債の額が実態より大きいか小さいかは不明であるとして、こちらの請求も認めませんでした。


(2) 東京地裁2021年6月18日判決


この事案は、医療機器の製造販売を行うX社のオーナー経営者であったAが、X社の全株式を対価3.2億円でB社(コンピューター関連の製造販売業)に譲渡した事案です。なお、Aはクロージング時にX社の代表者を退任しています。

株式譲渡契約の中で、X社が制作するレセプト発行システム等の著作権をX社が保有すると表明保証していましたが、その中で使用するF社のソフトウェアを無断複製していました。また、投資有価証券を自己名義で保有していることも表明保証していましたが、実際はA名義でした。

M&A実行後、F社のソフトウェアの無断複製がX社内で発覚したため、X社はF社と交渉して2億円で和解しました。X社が和解金を支払うとともに、B社は、株主として和解金相当額の損害を被ったとしてAに補償請求し、裁判所はB社の請求を認めました。また、投資有価証券の金額相当額についても、B社の補償請求を認めています。


(3) 東京地裁2021年3月26日判決


この事案では、X社(貨物運送事業者)のオーナー経営者であるAが、X社株式全部を対価約4.7億円で、B社(貨物運送事業持株会社。上場会社)に譲渡しました。クロージング後X社の労働法違反(長時間労働による三六協定違反)が発覚し、事業の継続が困難として、B社は、X社の事業の一部を安価で第三者に譲渡しました。B社は、株式譲渡契約の表明保証条項(事業に重大な影響を及ぼしうる法令契約違反等の不存在)を根拠に、株式減価額相当額の約1億円の補償請求をAに対して行いました。

B社は,労働法令違反の状況は,X社の事業許可の取消しに関わるものであり,運行回数の減少では赤字となってしまうことから,業務を廃止せざるを得なかったとして,事業に重大な影響を及ぼしうる法令契約違反に当たると主張しました。しかし、裁判所は、B社でみられた労働法令違反はトラック運送業界の構造的な課題であり、簡単に解消できないもので、かつB社は同業でその状況を認識していたはずであるから、事業許可の取り消しリスクがあるとしてもそれはB社側で対処すべき問題だとしました。なお、B社からX社の事業を譲り受けた譲受会社は、X社の事業を継続できている状態だったと認定されています。


(4) 東京地裁2020年10月26日判決


コールセンター事業を運営するX社のオーナー経営者であったAは、労働者派遣事業を営むB社にX社株式を約36.8億円で譲渡しました(A保有分以外を含めた総額は55.2億円)。そのうち、約31.3億円はクロージング日に、残りの5.5億円はその1年半後に払うとされていました。

しかし、クロージング後になって、実際にはクロージング前にX社の事業計画が大幅に下方修正されていたにもかかわらず、AはB社に下方修正前の事業計画のみを伝え、下方修正後の事業計画を伝えていなかったことが発覚しました。このため、B社は「本件対象会社又は本件株式に関する情報(本件株式の価値に悪影響を与えるものに限る。)をB社に開示しており,また,それらの情報は,全て真実かつ正確であり,誤解を招かないために必要な記載又は説明を欠いていない。」という株式譲渡契約の表明保証に違反し、それによる補償請求権と相殺するとして、残額の支払を拒絶しました。

裁判所はB社の主張を認め、Aによる残代金支払い請求を棄却しました。



スタートアップM&Aの法務 他の記事:
1(スタートアップM&Aの特徴)
2(株式の取得方法)
3(M&A対価の分配)
4(ストック・オプションの処理)
5(法務デュー・デリジェンス)
6(基本合意書)
7(最終契約書(株式譲渡契約・運営合意))
8(二段階イグジット)
続編1(表明保証)(今回)




[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。

2025.5.25
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