米国スタートアップM&Aの法実務と日本への示唆―(1) Shareholder Representative


1.Shareholder Representativeとは


米国のスタートアップM&Aでは、最終契約締結後の対象会社株主、買い手企業との間のやり取りについて、売り手企業株主側に、その代理人・代表者であるShareholder Representative(又はStockholder Representative)を置くことが、実務上一般的になっています。Shareholder Representativeの任命は、通常、M&Aのいわゆる最終契約(合併スキームの場合は合併契約、株式譲渡スキームの場合は株式譲渡契約(SPA))において行われます。Shareholder Representativeに就任するのは、対象企業のCEOなどの経営幹部、ベンチャーキャピタルの担当者(特に対象会社に取締役として派遣された者)、専門業者などです。専門業者以外の者が就任する場合は、通常、報酬はありません。他方、株主数が多い場合など、Shareholder Representativeの業務量や難易度が高い場合は、専門業者が有償で就任することが多いようです。

Shareholder Representativeは、売り手である対象会社株主を代表して、買い手企業との間で、M&A対価のクロージング調整、アーンアウトの達成・不達成をめぐる協議・紛争等への対応、表明保証違反等による補償請求等への対応を、一手に担います。また、これらの事項が訴訟に進んだ場合は、売り手株主を代表して(売り手株主の代わりに)訴訟の当事者(すなわち、原告・被告)になります。


2.背景:日米のスタートアップM&Aのスキームの相違


日本では、株主数の多いスタートアップでも、M&Aにあたっては、一旦経営株主が各株主から株式をまとめて買い受け、買い手企業に売却するスキームを取ることが珍しくありません。このスキームをとる場合、買い手企業の契約相手は経営株主だけになります。このため、SPA締結後のやりとりや紛争について、買い手企業が多数の株主との間でやりとりをしなければならないという、買い手企業から見て厄介な事態は生じません。他方、経営株主にとっては、買い手企業に対して一手に責任を負っていることにりますが、そのような重たい責任を、経営株主だけが負うことの妥当性については、議論がありえるところです。

他方、米国のスタートアップM&Aでは、経営株主が株式をまとめて買い受けて買い手企業に売却するといったスキームは一般的には使われません。米国のスタートアップM&Aで株式譲渡スキームが採用される場合、対象会社の各株主が売手として、買い手企業との間で締結されるSPAの当事者になり、かつ各株主と買い手企業との債権債務は、分割債権債務とされることが多いように思われます。そうしますと、買い手企業の視点で見ますと、そのままでは、買い手企業が、M&A対価のクロージング調整、アーンアウトの達成・不達成をめぐる協議、紛争、表明保証違反等による補償請求等が生じた場合に、多数の株主を個々に相手に交渉しなければならないことになってしまい、非常に負担が重くなります。このような問題に対処するため、米国のスタートアップM&Aでは、Shareholder Representativeという仕組みが用いられているといえます。また、米国のスタートアップM&Aではアーンアウトがそれなりの比率で用いられていますが、アーンアウトはその成否等をめぐり紛争になりやすい性質があります。また、米国では、表明保証違反による補償請求自体も日本より活発になされています。そのような事情から、クロージング後の紛争に実効的に対処できる仕組みを構築する必要性が、日本のスタートアップM&Aより大きいといえます。

なお、脇道にそれますが、米国のスタートアップM&Aでは、そもそも対象会社の株主数が多い場合は、株式譲渡ではなく、逆三角合併などの組織再編スキームを使うことが一般的です。米国のスタートアップM&Aで株式譲渡が使われるのは、典型的には株主数は1桁程度にとどまるような小規模な案件が多い印象です。株式譲渡の場合、SPAに署名しない株主との間で株式譲渡の効力が生じないため、各株主を相手に交渉しなければならないのに対して、組織再編の場合は、株主総会等で多数決の決議を取ることで、反対する株主も含めて効力を発生させることができるという大きなメリットがあります。このため、米国のスタートアップM&Aでは、株主数が多い場合、逆三角合併などの組織再編スキームを使うのが一般的です。他方、組織再編スキームは、株式譲渡と異なり、各株主がM&A契約の契約当事者とならないため、各株主に表明保証責任違反による補償責任等を負担させることが難しいという難点があります。しかし、米国のスタートアップM&Aでは、組織再編スキームを使いつつ、各株主に、株式譲渡スキームの場合に近いような表明保証責任等を負担させる仕組みが広く用いられています。もっとも、その仕組みの有効性については議論があり、裁判で争われることもあります。この論点は興味深い論点ではありますが、本コラムでは紙幅の関係上深入りせず、別の機会に取り上げる予定です。なお、今回のテーマであるShareholder Representativeとの関係でいうと、組織再編スキームを使った場合、同意しない株主との間ではShareholder Representativeへの授権も生じないのではないかという問題があります。この点も過去訴訟で争点となったことがある論点ですが、最近、2024年のデラウェア一般会社法(DGCL)改正で261条(a)(2)が追加され、立法的な解決がされました。

(※追記:米国スタートアップM&Aにおける組織再編スキーム、組織再編スキームを採用した場合の補償請求等に関する実務については、こちらのコラムで取り上げています。)


3.米国におけるShareholder Representativeの専門業者


米国では、Shareholder Representativeの専門業者がいくつもあり、とりわけ組織再編(逆三角合併など)スキームが使われるような株主数が多い案件を中心に、広く用いられています。

専門業者の業務については、有力なShareholder Representativeの専門業者であるSRS Acquiom社の「Insight – Shareholder Representation」に分かりやすく解説されており、これを参考にしつつ、簡単に解説していきたいと思います。

前に述べた、M&A対価のクロージング調整、アーンアウトの達成・不達成をめぐる協議・紛争等への対応、表明保証違反等による補償請求等への対応などの事項のほか、Shareholder Representativeの専門業者がクロージング後処理する業務としては、売り手株主からの問い合わせへの回答、紛争が発生した場合の買い手企業又は第三者との交渉、M&A契約の条項を遵守しているかのモニタリング、アーンアウトやエスクローからの支払が株主に正確になされるよう管理することが含まれます。また、売り手株主が離婚した場合の召喚状の受領、クロージング後の分配における持分の移転、買主の倒産による影響の査定、売主の監査人に対する書面交付、売主のために銀行や税務当局と仲介すること、さらには他の誰もが取り扱いたがらないタスクの最終的な引受先になること、もそのような専門業者の役割となります。Shareholder Representativeの専門業者は、さらに、全ての売り手株主にM&Aディール上の事項について情報を知らせ、エスクローの金額について月次報告を送ります。具体的には、エスクロー先の銀行から月次報告書を受領し、間違ったチャージがされていないか、といった正確性を確認した上で、売り手株主に知らせます。

このような業務を行うのは、対象会社の元CEOなどにとっては通常荷が重いものです。さらに、米国ではShareholder Representativeが訴訟の当事者(原告・被告)になるため、さらに負担が重いといえます。また、Shareholder Representativeは、買い手企業との間で売り手株主の利益を代弁しなければならないわけですが、対象会社の元CEOがクロージング後買い手企業の下で働いている場合は、自らの雇主を相手に売り手株主のために交渉しなければならないということになり、利益相反の問題もあります。このような背景から、近年Shareholder Representativeの専門業者を採用するケースが多くなっているとされています。

Shareholder Representativeの専門業者を採用する場合、売り手株主の意志を反映させるため、諮問委員会が設置され、諮問委員会にはクロージング後の問題のほとんどが報告されます。諮問委員会は、Shareholder Representativeの専門業者に、日常業務を超える事項についてどのように処理するか指示する役割を担います。諮問委員会は、取引に知見のある(元)主要株主奇数名(3名か5名)で構成されるのが望ましいとされています。


4.日本におけるShareholder Representativeの導入可能性


前述の通り、日本では米国と異なり、一旦経営株主が対象会社の各株主から株式を買い受けてまとめて買い手企業に売却するスキームが少なからず用いられています。そのスキームを採用する場合は、そもそも経営株主が単一の売り手として買い手企業との間の契約当事者になるため、あえてShareholder Representativeを置く必要はないといえます。

他方、買い手企業が、対象会社の各株主から直接買い受けるスキームを採用し、とりわけ、分割債権債務になるケースにおいては、買い手企業からみると、経営株主等がShareholder Representativeに就任することで、多くの株主との煩雑な交渉を避けられるというメリットが享受できます。

もっとも、日本では、米国と比較すると、(紛争を生みやすい)アーンアウトはあまり用いられておらず(なお、個人株主の場合、アーンアウトは税務上のリスクもネックになります)、表明保証違反による補償請求が実際になされるケースも、米国より少ないものと推測されます。このため、米国に比較すると、Shareholder Representativeを置くメリットは相対的に小さいとは思われます。なお、表明保証違反による補償請求については、そもそも補償ではなく、最近普及しつつある表明保証保険を活用するという方法も考えられます。

Shareholder Representativeを日本で採用する場合、法的な見地からは、Shareholder Representativeは法的交渉や紛争に関与することになると思われるため、弁護士法との関係がまず論点となります。もっとも、対象会社の元CEOなどが無償で就任するのであれば、無償ですので弁護士法72条違反の問題は生じないと考えられます。加えて、米国のように、訴訟の局面で、Shareholder Representative自身が原告・被告になる場合は、任意的訴訟担当の可否の問題となります。この点は日本法上ハードルが低くないようには思われますが、ソブリン債の管理会社の任意的訴訟担当を認めた近時の最高裁判例(最判平成28年6月2日民集70巻5号1157頁)を踏まえ、検討の可能性もあるように思われます。もっとも、訴訟の局面では当事者にはなれないとしても、訴訟外の交渉を一本化できるだけでも、一定のメリットがあるとはいえるでしょう。


このシリーズのコラム(米国スタートアップM&Aの法実務と日本への示唆)
(1) Shareholder Representative(今回)
(2) 組織再編(逆三角合併)の利用と対象会社株主の補償義務




[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。

2026.1.28
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