中小企業M&Aのポイント:株式譲渡契約

このシリーズでは、中小企業(非上場会社)のM&Aについての法律的なトピックを取り上げていきます。今回は、中小企業のM&Aの手段としていちばん広く使われている「株式譲渡」(買手側からみると、株式譲受)の契約の解説です。


第1部 株式譲渡(譲受)によるM&Aとは?


株式会社のオーナーは株主であり、株式会社の経営者は株主総会で選任されます。このため、株式会社の株式をすべて買うと、その会社の経営権を取得することができます。会社の株式を買うことで、会社の経営権を握る、というのが、株式譲受によるM&Aです。

株式をすべて買う、と書きましたが、実際には、すべての株式を買うのではなく、これまでの株主に一部残ってもらうケースもあります。たとえば、これまでの経営者株主にしばらく「顧問」などの肩書で残ってもらう場合に、顧問として会社のために貢献してもらうインセンティブを与えるため、株式の一部を持ち続けてもらうような場合です。ただ、通常はすべての株式を買うことが多いです。

単純に会社の経営権を安く手に入れるにはどうしたらいいか、という観点だけでいえば、51%の株式だけを買い集めるのがいちばん安上がりです。51%の議決権を取得しただけでも、株主総会で取締役の選任は自分でコントロールできますから、会社を基本的には自分でコントロールできるようになります。ただし、増資、定款変更、合併など、3分の2以上の「特別決議」が必要なものは、自分だけではコントロールできませんが、これらについても、議決権の67%を取得すればコントロールできるわけです。67%を買い取る場合でも、すべて買う場合と比べると、コストは33%くらい安いです。しかし、ほかの株主がいる場合は、検査役選任請求権(会社法358条)、会計帳簿閲覧請求権(会社法433条)などの権利を株主から行使されるかもしれません。また、ほかの株主から株主代表訴訟を起こされるかもしれません。これまでの経営者株主は、他の株主のことも知っていることが多いので、そこまで気にしなかったかもしれませんが、買い手とほかの株主はお互い知らない人同士なので、これまでよりお互いに警戒してしまうかもしれません。全部の株式を買って100%親子にしてしまえば、ほかの株主との利益相反を気にせず、自分で自由に経営できます。また、100%取得すれば、コストは増えますが、収益も100%享受できるわけですので、リターンも大きくなります。このため、普通は100%の議決権を手に入れようとするわけです。

ただ、一部の株主が売るのを拒んだ場合、100%の議決権を取得することはできません。この場合は、後日「スクイーズアウト」という方法で100%子会社化するか、最初から「株式交換」という、株主総会で承認されることが必要になりますが、全部の株式を買収できる方法を使うこともあります。


第2部 株式譲受と他のM&A手法との比較(メリット・デメリット)


(1)合併


合併は、現在M&Aの手法としてそれほどよく使われる方法ではないのですが、古くからある手法の一つです。M&Aというとまず合併をイメージされる方もいらっしゃると思いますので、説明しておきます。

株式の譲受は対象会社を子会社にする、ということですが、合併は、対象会社と一つの会社になります。

(i) 株式譲渡と比べた合併のメリット(2つ)

① 強い一体化

合併では1つの会社になるので、社内の組織や人事制度もひとつにまとめて、強い一体化をめざす場合に向いています。

② 現金が不要

合併の場合、普通は、買収する(つまり、合併で存続する)会社の株式が、買収される会社の株主に渡されるため、現金を払う必要がありません。株式譲受だと、株式を買い取る現金がなければできませんが、合併は現金がなくてもできるのがメリットです。

(ii) 株式譲渡と比べた合併のデメリット(3つ)

① 統合が大変

「強い一体化が図れる」というメリットと表裏の関係にありますが、元々まったく別の組織・人事制度を持っていた会社をいきなり一つの組織にまとめるのは大変です。むしろ、別会社(子会社)として、少しずつグループに統合していく方がやりやすいでしょう。

② 潜在債務をまるごと抱え込んでしまう

潜在債務というのは、まだB/Sに計上されていない債務で、例えば、メーカーが過去作った製品に欠陥があって事故が起こってしまい、けがをしたユーザーから製造物責任法で賠償を請求された、といったケースです。まだ現実化しておらずB/Sにも計上されていないものなので、大きな金額の潜在債務が現実化してしまうと、買収側にとっては計算外になってしまいます。M&Aをするときに気を付けなければいけないリスクの一つです。

このようなリスクは、株式譲受の場合でもあります。しかし、株式譲受の場合は、債務を負うのはあくまで対象会社(子会社)で、買収した親会社自身の債務になるわけではなりません。合併の場合は、法人格がひとつになるので、買収した会社自身の債務になってしまい、影響がもっと直接的になるということです。このため、合併の場合は、対象会社に潜在債務がひそんでいないか、精査(「デュー・デリジェンス」といいます)をよりていねいに行う必要があります。

なお、偶発債務が現実化した場合、株式譲渡では、売主がお金をもっていれば、売主に補償を求めることができます(ただ、株式譲渡契約にそのような定めをおいておく必要があります)。合併の場合は、「売主」というものがないため、普通はそのような補償を求める先がありません。この意味でも合併はリスクが高くなります。

③ 許認可を引き継げないことがある

株式譲受の場合は、ただ株主が変わるだけなので、対象会社の持っている許認可が使えなくなることはあまりありません。ただ、許認可によっては、大株主が変わるときに事前の認可が必要になることもあります。

これに対して、合併の場合、合併される会社(消滅会社)はなくなり、合併する会社(存続会社)に吸収されてしまうため、許認可の取りなおしが必要になることがあります。したがって、消滅会社が許認可の必要な事業をしているばあい、合併した後も許認可が引き継げるかは、とても重要なポイントですので、あらかじめ確認しておく必要があります。


(2)事業譲渡(譲受)


事業譲渡(譲受)は、対象会社をまるごと引き継ぐのではなく、一部の事業だけを譲り受けたい、という場合に使われます。

(i) 株式譲渡と比べた事業譲受のメリット(2つ)

① ほしい事業だけを選べる

対象会社の中でほしい事業といらない事業がある場合、株式譲受だと会社をまるごと買うので、いらない事業までついてくることになります。事業譲受だとほしい事業だけ選んで買うことができます。

② 潜在債務を対象からはずしやすい

事業譲渡は、承継する資産負債を特定できるため、潜在債務を承継の対象からはずしやすいです。潜在債務の引継ぎをさける、という観点では、合併・株式譲受より確実性の高い方法です。

このため、潜在債務のリスクが高い案件では、事業譲渡の方法が好まれます。

(ii) 株式譲渡と比べた事業譲渡のデメリット(4つ)

① 取引先や従業員から同意をとる必要がある

事業譲渡では、取引先や従業員から承継についてひとつひとつ同意をとる必要があり、かなり手間がかかってしまいます。ただ、このデメリットは、「吸収分割」という、事業譲渡に似た会社法の手法を使えば、基本的には回避することができます。

② 契約書が複雑

会社を丸ごと移すのではなく、個々の契約・資産・負債を特定して移す必要があるため、契約が複雑になり、契約書の作成・交渉の手間が格段に増してしまいます。

③ 許認可が引き継げない

株式の譲受とは違って、事業譲渡の場合、通常は、譲り受ける会社で許認可を取り直す必要があります。

④ 組織を最初からひとつにする必要がある

事業譲渡は、合併の場合と同じく、別法人ではなく、買った事業が買収する会社の一部になるため、組織を別にしておきたいという場合には向きません。この場合は、買いたい事業だけ、一旦相手方に「新設分割」という会社法の手法で切り出してもらって、切り出した事業の株式を譲り受けるといった方法があります。


(3)株式譲受の場合の注意点:今の「株主」は本当に株主なのか?


株式譲受の場合、今「株主」とされている人が、本当に法律上も株主なのか、という点がとても重要です。これまで全く問題になっていなかったケースでも、M&Aで株式を買い取ってくれるということになると、突然、「〇〇さんは本当の株主ではなくて、実は私が本当の株主なんです!」と言い出す人が出てくる可能性もなくはないからです。とりわけ、M&Aを実行し、代金も払った後にそのような人が出てきてしまうと、買主としては困ることになります。

このような事態が発生する背景は2つあります。

① 設立時の名義株主

平成2年の商法改正の前は、会社を設立する時に7人以上の「発起人」が必要でした。このため、親族に「発起人」の名義を借りるケースがありました。法的には、その場合名義を貸した親族ではなく、名義を借りて実質的に払い込んだ人が株主になります。しかし、昔のことなので、その人が本当に名義人にすぎないのか、今さら確認がとれないことがあります。

② 株券交付のない株式譲渡

株券発行会社では株式を譲り渡すときに株券を渡さなければならないというルールになっています。最近できた会社は、株券を発行しない会社が多いのであまり関係ないのですが、昔は法律がちがい株券発行がマストだったため、株式を譲り渡すときには常に株券を渡さなければなりませんでした。しかし、このルールを知らずに、株券を交付せずに株式を譲り渡すことがよくありました。この場合、法律上は、株主は変わっておらず、昔の株主が法律上は今でも株主ということになります。このような問題が発覚した場合、M&Aの実行前にこれまでの株主の間で株券交付をやってもらうこともありますが、そもそも昔の株主と連絡がつかない場合は、そのような方法はとれません。

このような場面で、買主としてリスクを避けたいと考える場合は、株式の譲受ではなく、株式交換や合併・事業譲渡などの方法に切り替えることもあります。


第3部 株式譲受の契約(株式譲渡契約)の解説

では、本題にはいって株式譲渡契約の解説です。


1.M&Aの株式譲渡契約の全体像


M&Aの株式譲渡契約は、通常、次のような構成になっています。

① 株式譲渡の基本的条件(何株をいくらで)
② 実行(クロージング)の日時・手続
③ 実行(クロージング)の前提条件
④ 表明保証
⑤ 誓約(コベナンツ)
⑥ 補償
⑦ 解除
⑧ 一般条項(秘密保持条項、準拠法・裁判管轄など)

これらの条項は、次のように大きく3つに分けて考えるとわかりやすいです。

(i) M&Aの基本条件(いくらで、何株買う)を定める条項・・・①②
(ii) M&Aの詳細条件や、順調に進行しなかった場合の取り扱いを定める条項・・・③④⑤⑥⑦
(iii) 一般的な契約条項

このうち、(i)は、「いくらで、何株買う」という条項ですので、理解するのはそんなに難しくないと思います。ただ、「いくらで」という部分で、実行(クロージング)日の貸借対照表の数値をもとに売買価格を調整する条項が入ったり、譲渡後のKPIに応じて売買価格を調整する「アーンアウト条項」と呼ばれる条項が入ったりすることはあるため、実際の条項の文言は相当ややこしくなったりはするのですが、基本的には、「いくらで、何株買う」ということを書いているだけなので、丁寧に読んでいけば分かると思います。

他方、(ii)の部分は、M&Aの契約に慣れていない方は、なかなか理解しづいと思います。そこで、(ii)の部分をこれから解説していくことにします。

(ii)の部分を理解する上でカギとなるキーワードが、「(対象会社に関する)表明保証」と「誓約(コベナンツ)」です。そこで、この2つについて、これから説明していきます。


2.(対象会社に関する)表明保証


「(対象会社に関する)表明保証」とは、対象会社がこういう状態にありますと、売主が述べて(表明)保証する条項です。具体的な例を挙げると、例えば、計算書類(貸借対照表、損益計算書など)が正確であるとか、未払賃金がないとかいったことを、売主が保証するわけです。

例えば、上の未払賃金のケースで言えば、対象会社が法律上払わなければいけない残業代を全て支払っておらず、買主が買収した後で未払残業代の支払いが必要になると、対象会社から現金が流出しますので、対象会社の株式の価値は、B/SやP/Lから見た表面的な価値よりも低かったということになります。買主としては、B/SやP/Lをもとに高いお金を出して買収したのに、買収前の未払残業代の支払いで想定外のコストが発生したのでは納得がいかない、その分は売主に負担して欲しい、ということになります。

M&Aのプロセスでは、「デュー・デリジェンス」といって、買主が対象会社について色々調べるプロセスはあります。しかし、時間やコストの絡みで、くわしく調べることはできませんし、そもそも捜査機関のように強制力をもって調べられるわけではないので、売主がきちっと開示してくれないと、問題点に気づかないこともあります。このため、売主に表明保証してもらう必要があるわけです。商品の売買契約で、製品性状・品質を明示して品質保証をすることがありますが、M&Aの契約で、そのような品質保証に相当するのが、「表明保証」と考えればよいと思います。

ところで、計算書類が間違っているなど、売買目的物である対象会社について問題があるのであれば、あえて契約書に書かなくても売主に損害賠償請求できるんじゃないかと思われるかもしれません。たしかに、日本の民法に「契約不適合責任」というのがあり、売買の目的物に欠陥があった場合、損害賠償できる場合はあります。しかし、株式譲渡によるM&Aは、あくまで株式の売買であり、このケースは売買目的物である株式自体の欠陥ではなく、対象会社の欠陥なので、契約書に書いておかないとなかなか難しいのです。実際、自分が持っていた上場会社の株式を他人に売ったあとで会社の隠れた問題が発覚し株価が下がった場合に、買主から損害賠償請求されたとすると納得いかないでしょう。買主はそのようなリスクまで覚悟のうえで株式を買ったはずだからです。M&Aの場合には、売主が会社をこれまでコントロールしていたケースが多いので、売主に負担させるのが公平な感じはするわけですが、その場合は、契約に書いておく必要があるわけです。

表明保証が間違っていた場合、どうなるでしょうか。株式譲渡契約では
・株式譲渡の実行前に表明保証が間違っていることが分かった場合・・・買主は、株式譲渡をストップすることができる。また、売主に補償を求めることもできる。
・株式譲渡の実行後に表明保証が間違っていることが分かった場合・・・買主は売主に補償を求めることができる。ただし、すでに実行された株式譲渡をなかったことにすることはできない。
となっているのが普通です。つまり
・表明保証違反の場合、通常はお金で(補償請求で)解決しましょう。
・M&Aの実行前であれば、M&Aをストップすることもできます。
・M&Aを実行した後にM&Aをなかったことにしてしまうと影響が大きすぎるので、お金だけの解決にします。
ということです。なお、軽微な表明保証の間違いで取引をストップされると売主としてはきついので、重大な間違いの場合だけ取引ストップできるようにすることもあります。(※なお、「取引ストップできる」という部分は、「表明保証」の条項に直接書くわけではなく、「実行(クロージング)の前提条件」の条項に、表明保証が事実に反する場合は取引ストップできると書いておきます。)

なお、売主としては、表明保証が間違っていたことが後でわかると補償請求されてしまいますし、取引実行を拒絶されるかもしれないので、表明保証が間違っているとわかっている場合は、それを買主に伝えて、表明保証条項の内容を変えるように求めてきます。実際、デュー・デリジェンスの段階では発覚しなかった対象会社の問題が、その後、株式譲渡契約の表明保証の内容を交渉している中で発覚することもあります。そうすると、買主としては、発覚した会社の問題点を踏まえて、今回の取引をそのまま進めていいのか、それとも、買収価格を引き下げるなど考え直した方がいいか、考えることができるわけです。


3.誓約(コベナンツ)


誓約(コベナンツ)とは、(主に)売主が、(主に)M&Aの実行までに〇〇を行います(あるいは、対象会社に行わせます)と約束する条項です。

例えば、対象会社が第三者から特許のライセンスを受けており、そのライセンスがなくなると対象会社の事業に大きな悪影響が出るとします。

特許のライセンス契約では、「チェンジ・オブ・コントロール」条項という、親会社が変わったら特許権者がライセンスを解除できる、という条項が入っていることが多いです。ライセンスを付与した先が小さい会社で、この会社に特許を使わせても自分の事業には大きな影響がないだろうと思って特許をライセンスしたら、突然その会社が自分と競合する大きな会社の子会社になってしまい、自分の競合他社グループに大事な特許を使われることになってしまった、というのでは困るためです。

この場合、買主としては、特許権者がライセンス契約を解約しない、と約束するまで株式を買いたくないでしょう。そこで、売主が、(対象会社経由で)特許権者にそのような約束をもらうことを義務付け(誓約(コベナンツ))ます。それがコベナンツです。表明保証の場合と同じく、株式譲渡の実行日までにそのような約束が果たされない場合は、買主は取引をストップできるよう、「実行(クロージング)の前提条件」の条項に書いておくことも必要です。

なお、誓約(コベナンツ)は、買主が、取引実行後について約束することもあります。例えば、買収後に従業員の労働条件を維持することを買主が約束することもあります。



[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。

2024.5.21
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