コンバーティブル・エクイティ型新株予約権での資金調達について

近年、シード期のスタートアップが、J-KISS(日本版 Keep It Simple Security)に代表されるコンバーティブル・エクイティ型新株予約権(以下「CE型新株予約権」といいます)で資金調達をするケースが増加しているようです。

CE型新株予約権は、企業価値評価や複雑な投資契約の交渉が原則として要らないように設計されており、迅速・低コストの出資ができる、また、借入とは違って負債に計上されないためバランスシートへの悪影響がない、というメリットがあるためだと思われます。とりわけ、J-KISSはCoral Capital社が契約書類一式を無料で公開している(https://coralcap.co/j-kiss/)ことから、日本のシード期のスタートアップ投資で利用が増えているようです。

もっとも、J-KISSの契約書類も、ファイナンス関係の契約になじみのない方には、理解に時間がかかってしまうと思います。そこで、このコラムでは、理解の手助けのため、J-KISS(最新版のJ-KISS2.0)の利用を想定して、CE型新株予約権について解説したいと思います。

1.そもそも「新株予約権」とは


J-KISSなどのCE型新株予約権は、日本の会社法236条以下に定められている、「新株予約権」というツールを使っています。

「新株予約権」とは、会社から株式を交付してもらう権利で、比較的なじみがありそうな例を挙げると、「ストック・オプション」は新株予約権の一種です。新株予約権を持つ人(新株予約権者)が権利を行使した場合、会社は株式を新株予約権者に発行する(あるいは、自己株式を新株予約権者に交付する)義務があります。ただ、新株予約権者が権利を行使する場合、タダで株式を受け取れるわけではなく、「権利行使価額」(いわゆる行使価格)を会社に払い込む必要があります。

新株予約権者は、行使した方が得だと判断した時だけ行使すればいいので、新株予約権には経済的価値があります。ストック・オプションをイメージしてもらうとわかりやすいと思いますが、ストック・オプションは、株価が行使価格より高い時だけ行使すればよく、利益が得られることはあっても原則損になることはないので、従業員にとってプラスの価値があるため、インセンティブとして使われています。このため、新株予約権を会社に発行してもらうとき、タダではもらえず、会社に対価を払って発行してもらいます(例外的に、ストック・オプションはインセンティブとして付与されるので金銭は払い込まないのが普通です)。つまり、新株予約権者が会社に対してお金を払うタイミングは、①最初の、新株予約権の発行を受けるとき、②新株予約権を行使して、株式に「転換」するとき、の2回あることになります。

かなり粗い説明になりましたが、これが「新株予約権」の概要です。


2. CE型新株予約権の概要


次に、CE型新株予約権の概要について説明します。

CE型新株予約権の基本的な考え方は、いったん新株予約権の形で(つまり、負債ではなくエクイティの形で)スタートアップに出資して、発行(転換)株数や詳細な条件は、その時点では決めずに、次回以降のラウンドでの調達(シード期に発行する場合は、シリーズA)に合わせて決める、ということです。

例えば、シード期にスタートアップに2000万円、CE型新株予約権で出資します。その時点では、投資家が何パーセントの株式を取得するのかは(算定方法は別として)決まらないまま出資します。このため、この時点では、このスタートアップの時価総額がいくらなのか、という計算をする必要が(基本的には)ないことになります。

その1年後に、このスタートアップがシリーズAで2億円調達し、優先株を400株(1株50万円)発行したとします。その際に、CE型新株予約権を、シリーズA優先株式と同じ内容の優先株に転換します。シリーズAの発行価格と同じ1株50万円で転換したとすると、40株になります。もっとも、シリーズAの発行価格と同じ1株50万円で転換することにすると、CE型新株予約権で先に出資したメリットがないので(シリーズAでも同じ条件で投資できるのだとすると、あえてリスクを取って早く投資するメリットがない)、少し投資家有利な条件(例えば1株あたり40万円で、50株に転換)で転換するようにします。これが、CE型新株予約権の基本的な考え方です。


3.CE型新株予約権の、もう少し詳しい内容(J-KISSを例に)


基本的な考え方は上に書いた通りですが、J-KISSを例にとってもう少し詳しい内容を解説していきたいと思います。シナリオ毎に説明していくのが分かりやすいと思いますので、シナリオ毎の説明とします。


(1)順調に成長し、1年後にシリーズA優先株を発行し、2億円調達したケース


CE型新株予約権で調達する場合のメインシナリオともいえるケースです。この場合、このシリーズA優先株の発行条件を基準に、新株予約権を消滅させ、シリーズA優先株と同内容の優先株に転換する(正確に言うと、投資家がCE型新株予約権を行使する)ことになります。もっとも、細かく見ていくと色々論点があります。


(i) CE型新株予約権を発行した後、エンジェル向けに1000万円の増資をしたケース


シード期に発行されるCE型新株予約権は、いわゆる「シリーズA」の調達として想定されているような、一定規模以上の、VC等によるバリュエーションがなされた上で実行される(基本的には優先株での)調達を基準に株式に転換することが予定されています。このケースのように、CE型新株予約権発行後にエンジェル向けに小規模な増資をした場合に、この増資条件を基準に株式に転換することは想定されていません。

このため、J-KISSでは、一定規模以上の調達が発生した場合だけ、株式への転換が起こることになっています。この調達金額の最低限は、発行要綱の5.(2)(a)(x)で「次回株式資金調達」の定義に書くことになっています。J-KISS雛形の仮数値では1億円になっています。このため、(金額設定を、雛形の仮数値通り1億円にした場合)1000万円の増資では、株式の転換は発生しないことになります。


(ii) ディスカウント率について

次に、株式への転換が生じる基準額以上の、例えば2億円のシリーズA調達がされたとします。シリーズAの優先株の発行価格は50万円だったとします。この場合に、CE型新株予約権をいくらでシリーズA優先株(と同内容の優先株)に転換するのかということです。

上に書いたように、同じ50万円で転換してしまうと、早いタイミングでリスクをとってCE型新株予約権に投資したのに、シリーズAで後から投資した株主とリターンは同じということになってしまい、リスクをとってCE型新株予約権に投資したメリットがなくなります。このため、50万円より割り引いた価格(例えば、20%割り引いた40万円)で転換するのが合理的です。

この割引率もJ-KISSの発行要綱に定めておきます。J-KISS雛形の仮数値では0.8掛け(つまり、20%ディスカウント)になっています。


(iii) 権利行使価額について

(ii)では簡略化のため無視したのですが、正確には、上で説明したように、新株予約権を行使した場合、タダで株がもらえるわけではなく、お金を払い込む必要があります。

つまり、上では、CE型新株予約権で2000万円出資し、それをシリーズAの優先株50株に転換する、と書いたのですが、正確にいうと、会社法上、新株予約権をそのまま優先株50株に転換することはできません。別途、権利行使価額を払い込む必要があります。ただ、経済的にはできるだけ新株予約権を優先株50株に転換するのに近い形にしたいという考えで、J-KISSでは権利行使価額は(1株当たり)1円という名目的な金額になっています(J-KISS発行要綱の5.(3))。このケースでは50株なので、合計50円です。すなわち、最初CE型新株予約権を2000万円払って取得し、シリーズAの際に、50円を追加で払ってシリーズAと同じ優先株50株を取得する、ということです。トータルでのコストは、20,000,050円ということです。


(iv) CE型新株予約権を発行した後、スタートアップが大きく成長し、シリーズA時点での時価総額が20億円になったケース


スタートアップがCE型新株予約権を発行した後、大きく成長した場合、シリーズAの優先株の発行価格もかなり高くなります。この場合にもシリーズAの発行価格の20%ディスカウントで優先株に転換してしまうと、CE型新株予約権者は、自分たちが早い段階でリスクをとって出資したお陰で会社が大きく成長できたのに、シリーズAと大差ない価格で株式に転換し、結局シリーズAの投資家と大差ないリターンになるのは納得がいかない、ということになります。

このため、J-KISSの発行要項5.(2)(1)(y)では「ポストキャップ」を定めていて、シリーズAの時価総額がポストキャップを超える場合は、ポストキャップを基準にした価格で、シリーズAの優先株に転換することになっています。

最初にCE型新株予約権では企業価値評価は不要と書いたのですが、ポストキャップを定める場合は、CE型新株予約権発行時点の時価総額の評価とはイコールではありませんが、ポストキャップをいくらにするか決めるため、時価総額成長期待の目線合わせをする必要が出てきます。


(2) CE型新株予約権を発行した1年後に、そのままM&Aで会社が売却された場合


CE型新株予約権が残っている間にM&Aが発生した場合、J-KISSでは、新株予約権者へ、J-KISSの発行価格の2倍の金銭を支払うことになっています(J-KISSの発行要項5.(7))。J-KISSの新株予約権者はリスクを取って投資しているので、発行価格の2倍くらいは払うべきだ、という考え方のようです。


(3) CE型新株予約権発行後1年半を経過したが、(基準額以上の)資金調達もM&Aもされない場合

この場合、J-KISSでは、当該J-KISS型新株予約権者の過半数が承認することで、新株予約権者が新株予約権を行使して株式に転換できるようにしています(J-KISSの発行要項5.(5))。新株予約権のままずっと残っても、株主としての権利も行使できないため、新株予約権者としては困ってしまうためです。なお、この場合は、通常優先株式が発行されていないため、普通株式への転換になります。



[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。



2024.5.15
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