
本コラムでは、未上場スタートアップを株式譲受で完全子会社化するケースを想定して、スタートアップが役職員等に付与していたストック・オプションの処理について説明します。
1.背景
スタートアップでは、役職員へのインセンティブとして、現金が乏しいスタートアップでも付与でき、上場した場合には大きなリターンが見込めるストック・オプションが広く使われています。しかし、M&Aで議決権の100%を取得する場合、ストック・オプションが行使されると完全親子関係が崩れてしまうため、ストック・オプションの処理を考える必要があります。
2.IPOを行使条件とするストック・オプションの場合
ところで、日本のスタートアップが役職員に付与するストック・オプションの多くでは、株式上場が行使条件となっています。
スタートアップがM&Aされ、買い手企業が全株式を取得した場合、買い手企業の意思に反してスタートアップを上場することは考えられませんので、買い手企業が、スタートアップを上場させた場合は別として、ストック・オプションが行使されて資本関係が崩れる心配はないことになります。
従って、この場合、資本関係(完全親子関係)の維持という観点だけでみれば、ストック・オプションをそのままにしておいても問題はないと思われます。もっとも、ストック・オプションが残っていると、役職員その他の関係者に変な期待や誤解を与えてしまう可能性もありますし、メンテナンスの手間もかかります。例えば、役職員が退職すると失効してしまうストック・オプションの場合、役職員退職時に、ストックオプションが消滅することになり、その都度変更登記が必要になります。退職時の取得条項があればそれに従って無償取得し消却するという方法で手間を軽減することはできると思われますが、そもそもM&A時点で事実上ストック・オプションは行使できなくなっている以上、ストック・オプションをM&A時に放棄してもらうといった方法で、処理しておくのが望ましいと思われます。なお、吸収合併消滅会社となった場合や過半数の議決権取得などが発生した場合は、会社(スタートアップ)がストック・オプションを無償取得できるという条項が入っているケースもよくみられます。その場合、この取得条項に基づきストック・オプションを無償取得し、消却するという手順で処理することができます。
このように、IPOを行使条件とするストック・オプションの場合、そのまま放置しても資本関係が崩れるおそれはないことになります。しかし、スタートアップではストック・オプションが役職員のインセンティブとして重要な位置を占めており、M&Aの結果ストック・オプションが行使できる可能性がなくなると、役職員のモチベーションに大きなマイナスインパクトを及ぼすおそれがあります。このため、これまでのストック・オプションに代わる新たなインセンティブ・プランの導入を検討することが考えられます。
3.IPO前でも行使できるストック・オプションの場合
これに対して、IPO前でも行使できるストック・オプションの場合、他の行使条件も満たしていれば、M&A実行後にストック・オプションが行使され、資本関係が崩れる(少数株主が登場する)リスクがあることになります。このため、ストック・オプションの行使によりM&A後の資本関係が崩れないように、ストック・オプションの処理が必要になります。
まず、M&A実行前までに権利確定(べスティング)し権利行使できる状態にあるストック・オプションについては、(i)役職員がストック・オプションを行使して得た株式を買い手企業に売却する、あるいは、(ii)買い手企業がストック・オプション自体を買い取る、という方法が考えられます。ただし、税制適格ストック・オプションの場合、(i)については証券会社に株式の保管を委託しなければならず、未上場株式の保管委託に対応できる証券会社が限られておりコストもかかるという問題がありました。もっとも、令和6年税制改正で発行会社による株式管理も認める規制緩和がなされ、改正効力発生日である2024年4月1日以前に発行されたストック・オプションについても、2024年12月末までに発行会社による株式管理要件を定める変更契約を締結することで、証券会社への保管委託なしでも税制適格要件を満たせることになりました。(ii)については、税制適格ストック・オプションとしての譲渡制限が解除された時に給与所得としての課税対象になるとされている点に注意が必要です。また、(i)については、役職員が行使価格を払い込むだけのお金を持っているかという問題もあります。役職員に払込資金がない場合、スタートアップから行使価格相当額を貸し付けることが検討されることもあります。もっとも、会社からの貸付金をもとに株式の払込を行うことになるため資本充実の原則との関係で問題ないかという論点があります。また、役職員(貸金業法2条1項4号で適用除外)ではなく、元従業員や業務委託先などに払込資金を貸し付ける場合は貸金業法との関係も問題になります。
他方、M&A実行時点でまだ権利確定していない(その後権利確定する可能性がある)ストック・オプションについては、買い手企業が現金で買い取る、あるいは権利放棄してもらい代わりのインセンティブを付与するといった対応を検討することが考えられます。
このシリーズの他の記事:
1(スタートアップM&Aの特徴)
2(株式の取得方法)
3(M&A対価の分配)
4(ストック・オプションの処理)(今回)
5(法務デュー・デリジェンス)
6(基本合意書)
7(最終契約書(株式譲渡契約・運営合意))
8(段階的買収・2段階イグジット)
続編1(表明保証)
[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。