中小企業M&Aのポイント:事業買収の2つの手法(事業譲渡・吸収分割)

ほかの会社の一部の事業を買収したいと考える場合、よく使われる手法は、事業譲渡と吸収分割(会社分割)です。今回のコラムでは、事業譲渡と吸収分割(会社分割)のふたつを比較しながら、イメージがつかみやすいように説明していきたいと思います。

具体的なケースをもとに説明した方が分かりやすいと思いますので、ホテル事業を営むX社が、ホテル事業とレストラン事業を営んでいるY社から、Y社のホテル事業を買収する、というケースで説明します。


1.「事業譲渡」とは?


「事業譲渡」というのは、文字通り、会社がやっている事業を他社に譲り渡すことです。上の例でもう少し説明すると、Y社が、ホテル事業のために持っている、一体的に機能する財産や権利関係をいちどにまとめてX社に譲渡することで、事業を譲り受けたX社が、Y社がこれまでやってきたホテル事業を、同じように運営することができるようにするということです。


2.吸収分割(会社分割)とは?


会社分割とは、1つの会社を2つ以上に分割することなのですが、分割した事業をすでに存在している会社に移す「吸収分割」と、分割した事業をするための新しい会社を作る「新設分割」の2種類があります。会社分割という言葉からすると、なんとなく後者をイメージしそうですが、前者も会社分割の一種です。すぐにお分かりのように、前者の「吸収分割」は、ある事業が別の会社に移る、という意味で、経済的には事業譲渡と同じです。


3.共通点(事業譲渡vs吸収分割)

(1)会社のある事業を、ほかの会社に移す手続きである


上に書いたように、事業譲渡も吸収分割も、会社のある事業をほかの会社に移す手続きです。M&Aのうち、会社を丸ごと買うのではなく、ある事業だけを買いたい、というときによく使われています。


(2)一定以上の規模だと、株主総会決議が必要になる


事業譲渡も吸収分割も、M&A取引で会社に大きな影響があるので、原則として株主総会決議が必要となります(会社法467・468条、783・784条、795・796条)。ただ、会社の規模と比べて小規模なM&Aなど、一部のケース(簡易・略式)は不要になります。

ただ、株主総会については、両者で1点大きな違いがあり、事業譲渡は、買い手側は原則として株主総会決議が不要です。


(3)買い手が売り手の潜在債務を遮断しやすい


事業譲渡も吸収分割(会社分割)も、何を移してくるか、資産負債単位で特定することもできるので、たとえば、買おうとしている事業で環境汚染が生じているかもしれなくて、巨額の賠償負担を将来負うかもしれない、という場合に、そのような「潜在債務」を買い手が負いたくない、というニーズに対応しやすい、という特徴があります。法律上限界はあるのですが、少なくとも合併や株式取得よりはこのような潜在債務を遮断しやすいといえます。このため、買い手(X社)が売り手(Y社)の潜在債務について懸念している場合は、事業譲渡や吸収分割(会社分割)が好まれます。


(4)買い手側で許認可を取り直す必要があることが多い


事業譲渡も吸収分割も、売り手が持っていた許認可が買い手に承継されることはそんなに多くなく、買い手で新たに許認可を取り直す必要があることが多いように思います。もっとも、これは許認可の根拠法令によって違うので、関係する法令をひとつひとつチェックする必要があります。(両者を比較すると、吸収分割の方が承継されやすいとは思います。)

なお、ホテル事業について必要な許認可としては、まず旅館業の許可が挙げられるところですが、旅館業の許可については、都道府県知事の承認を受ければ、事業譲渡でも会社分割でも承継されることになっています(旅館業法3条の2、3条の3)。


(5)法律上、売り手に競業避止義務が発生する


事業譲渡・吸収分割(会社分割)とも、売り手は、20年間の競業避止義務を負います。会社法21条という条文に書いてあり、条文では会社分割には触れられていないのですが、会社分割で事業を譲渡した場合も同じように扱われると考えられています。

なお、この20年間という競業避止義務の期間はあまりに長いので、M&Aの契約で期間を短くすることが多いです。


4.事業譲渡と吸収分割の違い


(1)事業譲渡はあくまで個別の権利の移転を(できるだけ)まとめて行おうとするもの(個別承継)、吸収分割は全部まとめて権利が移転する(包括承継)


事業譲渡も吸収分割も、売手会社(Y社)と買手会社(X社)の間でM&Aの契約を結び、(必要な場合は)株主総会決議で承認してもらって、M&Aを実行する、という点は共通しているのですが、承継の仕方がまったく違います。

事業譲渡というのは、つまるところ、1個1個の資産の移転や契約関係の移転の集合体にすぎません。買い手と売り手の間では、1個の事業譲渡契約を締結するのが普通なのですが、取引先などとの契約関係については、それだけでは移転しません。不動産とか、売り手の持っている資産は、買い手との間で譲渡に合意すればそれだけで移転するのですが(ただし、実行にあたっては、登記移転とかいろいろな手続きは必要です)、取引先との契約は、相手方(A社とします)のいる話なので、売手(Y社)と買い手(X社)でA社との契約関係を勝手にY社からX社に移すことにして、取引先であるA社に「貴社の契約相手方は、来月からY社ではなくX社になるのでよろしく」というわけにはいきません。Y社、X社に加えて、A社も合意して、初めて移ります(民法539条の2)。このため、事業譲渡では、A社のような取引先から1件1件同意をとる手続きが本来必要です。

ところが、吸収分割は、これを、取引先A社の同意なしに移してしまえることになっています。その代わり、債権者(基本的には、売掛金やローンなどの金銭債権者)の保護のための手続きが必要にはなるのですが、その手続きをとれば、取引先からいちいち同意をもらわなくても契約関係を強制的に移せるので、M&Aをする上では便利です。

事業譲渡の場合は、取引先がOKを出さないと契約関係が移らないので、事業譲渡の実行日(クロージング日)に、本来買い手(X社)に移すつもりだった契約関係が売り手(Y社)に残ったままになっている、ということがありえます。その場合にどうするのか、というのは、事業譲渡契約で決めておくべきことの一つです。例えば、Y社のホテル事業の供給業者B社が、取引契約を移すことにどうしても同意しなかった場合(例えば、B社の交渉力が強く、B社が、承継に同意する代わりに値上げするよう求めてきて、交渉がまとまらなかった場合)、B社との取引関係はそのままY社に残ってしまうため、B社→Y社→X社、という形で、Y社を挟んだ形で取引を続ける、といったことが考えられます。

もっとも、現実には事業譲渡でもすべての取引先から各々明示的な同意を取ることまではしないことが多いと思います。実際には、重要性の高い一部の契約以外については、「当社はホテル事業をX社に譲渡したので、今後は貴社との取引は、X社に移管させていただきます」と取引先に通知し、取引先が反対しなければ、取引先が承諾したものと扱うことが多いように思います。多くのケースでは、そのような方法でも、取引先との間でトラブルにならず円滑にX社との間で取引がなされるのだと思いますが、取引先から後で「移管に承諾はしていないのだから、契約方はX社のままだ」といわれるリスクは当然のこります。

他方、吸収分割の場合は、契約関係を移す、ということについて取引先に拒否権はないのですが、どうしてもX社に契約関係を移したくない、という取引先にとって、打つ手がないわけではありません。吸収分割の場合、効力発生日(クロージング日)時点のY社との間の契約で、X社に移すとX社・Y者間で(吸収分割契約で)決めたものは、強制的にX社に移るわけです。そうだとすると、効力発生日(クロージング日)までにY社との間の契約を終了させてしまえば、そもそも契約がなくなってしまうので、X社に移ることもないわけです。X社とどうしても取引したくない、というのは、たとえば、ライセンス契約では十分ありえます。ライセンス先がY社だからライセンスしていいと思ったけれど、競合のX社にはライセンスしたくないといったことはありえるからです。もっとも、そもそも契約書の中で、解約する権利を与えられていなければそのようなことはできませんので、ライセンス契約には、再編で親会社が変わったときなどにライセンスを中途解約できる「チェンジオブコントロール条項」が入っているのが普通です。なお、事業譲渡で同意を拒否したケースは、Y社との間でそのまま契約が残るのですが、この場合は、Y社との契約関係自体がなくなってしまいます。当事者であるX社・Y社からみると、(原則論からいえば)積極的に同意してもらわないと移せない事業譲渡と、自動的に移ってしまう吸収分割の違いはやはり大きいといえそうです。


(2)吸収分割は債権者保護手続きが必要


吸収分割は、取引先の同意がなくても契約関係を承継してしまう代わりに、債権者保護手続き(会社法789条・799条)というのがあり、官報や日刊新聞紙などで公告(場合によっては債権者に個別催告)して、万が一異議を出してきた債権者には、場合によっては債権を弁済するなどする必要が出てきます。

債権者保護手続きでは公告のために1か月以上時間がかかるため、吸収分割は、X社とY社の間で条件に合意して吸収分割契約を締結してから実行するまでの間、最低1か月以上間をあけなければいけないことになります。


(3)労働関係の処理もちがう


事業譲渡の場合は、契約の承継の話と同じで、Y社からX社に移る各従業員が同意しないと雇用関係は移りません。

吸収分割の場合は、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」という法律が適用されます。やや乱暴に説明してしまうと、一種の原則ルールとして、承継される事業(Y社のホテル事業)に主として従事する労働者の労働関係がX社に移り、それ以外のY社の労働者がY社に残ることになります。会社がそれ以外の決め方をしてもいいのですが、その場合は、労働者が異議を述べることができ、異議を述べた労働者については、上に書いたルールで処理されます(同法4条・5条)。また、労働者代表との協議(同法7条、いわゆる「7条措置」)、労働者との個別協議(平成12年商法等改正附則5条1項、いわゆる「5条協議」)などの手続きも踏む必要があります。

逆に事業譲渡の場合は、Y社のホテル事業に主として従事している従業員で、本人としてもX社に移って引き続きホテル事業をやりたいと希望していたとしても、X社とY社が、その人はY社に残す(X社には移さない)と決めたのであれば、X社に移ることはありません。また、事業譲渡の場合は、労働契約をそのままY社からX社に承継するのではなく、X社に移りたいという従業員には、Y社を退職してもらいX社に新たに入社してもらうという方法も取れます。労働契約を承継させるとY社での労働条件のままでX社に雇用されることになるのですが、このようにすることで、X社では、X社の労働条件で雇用することができます。


(4)会社分割(吸収分割)は株式を対価にできる


M&Aの対価について、会社分割(吸収分割)の場合は、X社がY社に現金を対価として払うという方法以外に、X社が株式を発行してY社に交付する、という方法があります。なお、厳密にいえば、事業譲渡でも株式を対価とすることはできなくはないのですが、「現物出資」として面倒な手続きが必要になってしまいます。

これは、現金がなくても事業を買い受けることができる、という意味ではメリットなのですが、株式を対価とする場合は、Y社がX社の株式の一部を持つことになり、それが当事者の意向にあっているかという問題があるので、ふつうは現金対価にするように思います。




[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。

2024.5.31
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