事業者署名型(立会人型)電子契約のリスクに関する一考察


1.はじめに


現在、日本で広く使われている事業者署名型(立会人型)電子契約については、主に「電子署名及び認証業務に関する法律」(以下「電子署名法」といいます。)2条に基づく電子署名の要件を満たすか、という文脈で議論されてきたように思います。そして、2020年7月17日に総務省・法務省・経済産業省が連名で公表した「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A」(以下「7月17日Q&A」といいます。)に基づき、その懸念は基本的に払拭され、基本的には、法的安定性に対する懸念は払拭されているという見方が一般的なように思います。

しかし、私自身は、現在の日本の多くの企業でなされている契約締結の実務を前提としたとき、事業者署名型(立会人型)電子契約については、まだまだ検討すべき点が残っているように思います。今回挙げる論点については、現在のところ、あまり議論で取り上げられていないように思われ、問題提起も含めてこのコラムを執筆した次第です。


2.前提:事業者署名型(立会人型)電子契約について


まず、前提知識として、簡単に事業者署名型(立会人型)電子契約について説明します。

本来、電子署名というのは、契約を締結する当時会社(以下「A社」とします)の契約締結権者(ここでは、A社では代表取締役のみが契約締結権者と仮定します。以下「A社代表取締役X氏」とします。)自身が行う必要があります。ただ、そのためには、A社代表取締役X氏があらかじめ「認証局」に本人確認書類を提出して「電子証明書」が格納されたICカードや電子ファイルを発行してもらう必要があり、これが面倒なので電子契約の普及が進まない、という問題点がありました。

そこで出てきたのが事業者署名型(立会人型)電子契約です。事業者署名型(立会人型)電子契約では、電子署名作業を物理的に行うのが電子契約事業者(例えば、代表例として、「クラウドサイン」を運営する弁護士ドットコム社があります。ここでは「B社」とします。)になるので、A社代表取締役X氏がそのような面倒な手続きをする必要がありません。ただ、A社代表取締役X氏の電子署名と扱うためには、A社代表取締役X氏の意思のみに基づき、B社の意思が介在することなく、電子署名がなされるようになっている必要があります。このあたりの要件は、上述の7月17日Q&Aに書かれています。締結の流れとしては、A社代表取締役X氏の電子メールボックスに契約締結依頼のメールが届き、X氏は、そのメールを開いて、電子契約事業者のウェブサイトにアクセスし、契約内容を確認の上、電子署名をする(正確には、電子契約事業者に電子署名させる)ことになります。締結された契約書PDFには、このA社代表取締役X氏の電子メールアドレスが記録されています。


3.電子契約における署名代理の問題


上記の例のように、A社代表取締役X氏が自分でメールを開いて電子署名(指図)をするのであれば問題ないと思うのですが、実際には、そのようなケースばかりではないと思われます。とりわけ、現状主流の事業者署名型(立会人型)電子契約では、締結済PDFに電子署名者(と法的に評価される人)の電子メールアドレスが記録されており、法的には重要な意味を持つと思われるものの、(紙に押印した契約書の感覚が残っているからなのか)このメールアドレスにそれほど注意が払われていないようにも思います。


(1)総務部従業員などによる契約締結作業


まず、従来、日本の会社では、代表取締役名義で契約を締結しつつ、総務部などに代表取締役名義の印鑑(代表印)を預けておき、実際の押印作業は、印鑑を預かっている総務部などの従業員が行うことが多かったように思います。

この点については、そもそもこのような従来の契約締結実務が問題なかったのか、という論点があります。すなわち、多くの会社で押印名義人である代表取締役とは別の総務などの人が押印をやっていたという実情を前提にしてもなお、民事訴訟法228条4項の「二段の推定」が肯定できるか(代表取締役名義の印鑑なのだから、代表取締役の意思に基づき押印されたという、一段目の推定ができるか)という問題です。ただ、これは、判例などがあるわけではないようですが、個人的には、肯定していいんじゃないか(推定ができるので問題ないと考えていいんじゃないか)と思っています。なぜなら、総務などの押印事務をやっている人は、正規の社内決裁プロセスを経て押印していいことになった契約書にだけ押印するはずで、そこから外れた行動をとることは通常はないため、代表取締役Xの代表印が押印されているとすると、それが印章のオーナーである代表取締役Xの意思に基づいた押印である蓋然性は非常に高いと考えられるからです。(もちろん、「通常はない」というだけで、何らかの事情でそこから外れた行動をとる可能性を否定しているわけではありません。ただ、総務などの押印事務を行う部署では、正規の社内決裁プロセスが完了したものだけ押印するという社内プロセスがしっかり作られ、その部署の従業員に徹底されているのが通常と思われますので、例えば、いわゆる循環取引などの不正取引を行うケースなど、悪意をもって逸脱する場合など、正規のプロセスから外れた行動が生じる場面は考えられるものの、基本的にはまれなケースではないかと思います。)

電子契約の場合、紙での押印よりは少し手間が楽だとは思うものの、やはり代表取締役が一つずつ電子署名指図を行うのは手間なので、社内決裁完了後、総務の従業員が締結作業を行うようにするケースが多いのだろうと思います。では、電子契約で総務の人が電子署名指図を行った場合何か問題があるでしょうか。紙での押印でそうやっていて、問題ないのであれば、電子契約でも問題はないはずだ、というのが自然な感覚ではあると思うのですが、1点論点があるように思います。一般に事業者署名型(立会人型)電子契約の有効性について議論がなされる場合、電子署名の指示を出した人名義の文書として真正に成立しているか(電子署名法3条)が議論されることが多いわけですが、総務の人が代行して電子署名指図を出したケースでは、電子署名は、契約書に名義人として書いてあるA社代表取締役X氏の電子署名ではなく、実際に電子署名指図を行った総務の従業員の電子署名になるのではないか、という点です。電子メールを開いて電子署名の指図を行ったのも、締結済み契約書PDFにメールアドレスが記録されているのも、総務の従業員だからです。すなわち、電子署名3条に基づく「二段の推定」が認められるとしても、「二段の推定」で推定されるのは、総務の従業員名義の電子文書が成立したことの推定ではないか、ということです。

もっとも、この場合、契約書の本文には名義人として代表取締役Xが書かれており、電子署名された記録としてPDFに記録されるメールアドレスは、総務の従業員(Cさんとします)です。そもそも、この文書の名義人は誰なのでしょうか。契約当事者の通常の意志から考えると、代表取締役Xと考えるのが自然でしょう。とすると、7月17日Q&Aの問2の要件を考えると、代表取締役Xの意志のみに基づき、総務Cさんや電子契約業者B社の意志が介在することなく当該措置が行われたものと認められる場合なのか、という論点になってくるでしょう。ただ、7月17日Q&Aの問2の要件は、実際に作業を行う人(CさんやB社)の行為らしきものは必要なく、署名名義人(文書名義人)となる代表取締役Xの意志に基づいて自動的に電子署名が施される場合を想定していると思われます。総務のCさんは、社内決裁プロセスの完了を確認したうえで、電子契約締結のための電子メールを受け取り、メールを開いて電子契約事業者のウェブサイトにアクセスし、契約書が、社内決裁で回っていたものと同じものかを確認したうえで電子署名指図を行うものと思われますが、このように、代表取締役Xの意志に基づき電子署名作業を行う人が、このような(意思を持った行為といえるような)作業を行う場面は、7月17日Q&Aの問2でカバーされていないように思われます。

もっとも、電子署名のメールアドレスがCさんであることを考えると、Cさん名義の電子署名がされているという考え方もありえるところでしょう。Cさん名義の電子署名だとすると、一般に使われている事業者署名型(立会人型)電子契約では、7月17日Q&Aの問2の要件を満たすように設計されているでしょうから、Cさん名義の電子署名は成立していると考えられるでしょう。ただ、結局契約締結権者である代表取締役X名義の電子文書の成立が肯定できなければ意味がないわけですが、これは電子署名法3条の二段の推定を超える話ではあるものの、総務の従業員の場合は、上に書いたのと同じように、総務の従業員が正規の決裁プロセスが完了していないのに、電子署名指図を行うことは通常考えづらいでしょうから、さらにもう一段の事実上の推定をして、代表取締役の意思に基づき、署名代行者Cさん名義の電子署名がなされ、結局代表取締役Xの意志に基づいた同人名義の電子文書が成立したと評価する余地はあるのだと思います。


(2)担当者が(悪意なく)勝手に電子署名してしまうリスク


電子署名の場合は、上に書いたのとは別に、もう一つ特有のリスクがありえるように思います。

代表印の場合は、権限のない人が勝手に押印する、というのは通常は発生しないと思われます。これは、まず、会社の代表印は厳格に管理するのが通常で、そのような印鑑を勝手に押印するのが悪いことであることは、普通の従業員であれば認識しているからです。すなわち、これまで長年印鑑を使ってきており、「印鑑は大事なものでむやみに使ってはいけない」「会社(の代表取締役)名義の印鑑を勝手に押してはいけない」といった規範意識が、従業員に浸透していると考えられるため、ルールに反する行為が起こりにくいと考えられるためです。(もちろん、悪意をもってそのルールを破って押印したり、さらには印鑑を偽造して勝手に押印する可能性があることは否定しませんが(典型的には、循環取引などの不正取引が考えられます)、上述したように、それほど発生確率の高いリスクではないと思います。犯罪としてのリスク・リターンを考えたとき、あまり見合わない行為だと思われるためです。)

これに対して、電子契約の場合、締結作業を無断で行うことが、代表印を勝手に押印するのと同等の悪いことだ、という認識が、代表印と同じくらい一般に浸透しているかといえば、おそらくそこまでではないのではないかという気がします。すなわち、電子契約の締結依頼は相手方の担当者から来ることが多いと思いますが、締結依頼のメールを受け取った担当者が、「自分がこの件の担当者で、依頼が来てるから、処理しておけばいいのかな」と悪意なく思って、電子署名の手続きを(正規の社内決裁プロセスを経ずに)完了させてしまう可能性は、紙での押印を勝手に行ってしまうケースと比べると、相対的に高いように思われます。会社の印鑑を押すような特異な行為ではなく、メールを開いて、必要事項を入力して、該当箇所をクリックして、といった、一担当者として日常的にやっているような行為と一見変わらないため、これも自分の仕事のうちと思って、善意で処理してしまう可能性がないとはいえないと思われるためです。

そもそも、会社によっては、「契約締結」の社内決裁プロセスではなく、「押印」の社内決裁プロセスとして設計していることもあると思うのですが、その場合、「押印」はしないのだから、そのような社内決裁プロセスを経る必要はない、と考えてしまう人もいなくはないと思われます。すこし似たケースとして、ウェブで利用規約に同意して申込ボタンを押す、という形で契約する場合の社内決裁プロセスをどうするのか、というのがあります。法的にはこちらも契約締結なのですが、社内決裁プロセスが「押印」の承認プロセスとして設計又は理解されている場合、ウェブで利用規約に同意して申込ボタンを押すのであれば、そのような社内決裁プロセスは関係ないという考えに至る可能性はあるでしょう。


(3)リスクへの対処法


では、上記のようなリスクにどう対処すべきか、という問題ですが、これは結局リスクベースで考えていくしかないと思います。

紙での押印の場合も、本当に誰がいかなる権限でハンコを押していたのかはわからなかったわけですが、外形的に代表印が押されていれば、相手方社内でどうしていたのかはブラックボックスであったということもあり、それ以上問題視することはまずなかったように思います。

そもそも、日常的な契約であれば、紙での押印の場合に、押されているのが本当に相手方の会社の正規の代表印なのか、いちいち確認することも稀でしょう。担当者の個人印のようなものが押されていれば、さすがに相手方に照会すると思いますが、代表印っぽい形の印鑑が押されている限り、それが本当にその会社の正規の代表印なのか、わざわざ確認をとることは通常していないと思います。(これは、わざわざ正規の代表印ではない印鑑を押す、という行動が通常は発生しないため、通常の契約では、いちいち確認する必要はない(そこまでのリスクがない)ということになるのだと思います。)

電子契約の場合も同様にリスクベースでの判断になるわけですが、電子契約の場合は、まだ相手方が正規のプロセスを遵守させるための体制を十分整えているか、紙での押印に比べると怪しい部分はあるでしょう(そもそも、電子契約は導入されたばかりで、しかもコロナ下で出社を避ける必要性から急ぎ導入したケースも多いでしょうから、紙での契約と比べると、十分に検討されたプロセスが導入されているか怪しいと思います。)。また、電子契約の場合は、誰が電子署名の指図を行ったのか、締結済PDFに記録に残りますので、本当にこの人が電子署名していいのか、と思う人の電子メールアドレスが記録されていたとすると、相手方としてもそれ相応の措置を取らないとリスクがあるとも考えられます。

リスクを下げるためには、一般論としては、締結済PDFにどのメールアドレスが記録されているのか確認し、権限が疑わしい場合は、確認をとる方が望ましいと思われます(リスクが小さい場合は、それすらしないことも考えられますが)。どの程度の確認をとるのかは、リスク判断次第ですが、相手方から契約成立を否認されるリスクの低い契約類型であれば、一応合理的な説明であればそれを受け入れるというのが、現実的な対応策なのだろうと思います。他方で、契約成立を否認されるリスクの高い契約や、金額が大きく万が一トラブルになった場合に影響の大きい契約については、そもそも代表取締役自身に電子署名の指図を行ってもらうなど、対応を考えるのが望ましいでしょう。例えば、高額な不動産の売買契約は、契約を締結した後で、別のところに売っておけばよかったとか、売らなきゃよかったとか、考えが変わる可能性があります。その際に、契約締結プロセスに問題があったとすると、それを口実に、電子署名をしたのは無権限者なので契約は成立していない、という主張をして、契約を白紙にしようと考えてくる可能性があります。

2024.6.4
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