前回(ここからご覧ください)は優先株式について解説しましたが、今回は投資契約について解説したいと思います。少し長いので、今回と次回の2回に分けて解説します。
なお、前回のコラムと同様、このコラムはスタートアップの経営者の方が、優先株式や投資契約について全体像を理解できるよう、できるだけ平易に解説したものがあれば有用と考えて執筆したものです。噛み砕いて説明することを最優先に書いていますので、内容の厳密さは相当程度犠牲になっています。特に、法的な概念は、法律専門家でない方にはなかなか理解しづらい思いますので、できるだけ使わずに解説しています。また、法律用語の説明が必要な場面でも、厳密な法律上の定義ではなく、厳密さは犠牲の上、理解しやすいように平易に書いています。法律専門家の方やこの領域に詳しい方が読まれた際は、所々に違和感を感じてしまうかもしれませんが、そのような背景とご理解ください。
第3部 投資契約
1.そもそも投資契約とは何か
スタートアップがVC等から出資を受ける際に、出資条件やその後の会社運営に関して契約書を締結することが多いですが、その契約書を「投資契約」と呼んでいます。
昔は、出資条件とその後の会社運営をまとめて一つの「投資契約書」に定めることが多かったようですが、最近は、①出資条件を定める引受契約書、②会社運営を定める株主間契約書、②すべての株主の間でみなし清算条項やドラッグ・アロング条項を定める「財産分配契約書」の3本立てにするケースが多くなりつつあると思われます。その場合は、これら3つを総称して「投資契約書」と呼ぶことが多いと思います。複数の契約書がありややこしいので、どのような仕分けになっているのかを解説します。なお、仕分けについては必ずしも必然性のある話ではないので、ここで解説した仕訳と異なる仕分けがされる場合もあります。
まず、①の出資条件を定める引受契約書ですが、契約当事者は、当該ラウンドに参加する投資家と、会社・経営株主です。内容は、会社が投資家にどのような株式をいくら発行します、投資家が株式発行代金を払い込みます、というのが中心になります。これに付随して、払込の条件(一定の場合は投資家が払込を拒絶できる)、補償条項(会社の表明保証が虚偽だった場合等に投資家が会社・経営株主に補償を求めることができる)や買取条項(後述)が入ることが多いですが、これは、株式の発行・払込に付随するものといえます。したがって、引受契約書は、当該ラウンドの株式発行の条件を定めた契約書ということになります。当事者は、株式を発行する当事者である会社、そのラウンドで株式を引き受け払い込む投資家の2つがコアになりますが、経営株主も、スタートアップの経営をコントロールしているのが経営株主であることから補償義務等の主体にするのが一般的なので、この2つに経営株主が加わります。これが引受契約書です。
次に株主間契約書ですが、内容は、今後の会社運営についての会社・経営株主と投資家との間のルールを定めた契約書です。なぜこのような契約書を締結するのかという点ですが、株主総会での意思決定は、資本多数決といって、保有している株式数に応じて多数決で決まるというのが会社法上のルールです。スタートアップでは、多くの場合、経営株主が株式数・議決権の過半数を持っています。そうすると、特別決議という議決権の3分の2の賛成が必要な局面は別として、経営株主だけで多くの事項を自由に決めることができることになります。しかし、VCは、最終投資家から預かった資金をファンド・マネージャーとして運用しているわけですので、投資先のスタートアップが全然コントロールできない状態となり、その結果放漫経営がなされて株式の価値が下がってしまうと、資金の出し手である最終投資家への説明責任の観点で苦しくなります。また、ベンチャーファンドは、大体10年くらいで償還して投資家に資金を返却しますので、償還前に株式を第三者に売却してしまう必要があるわけですが、その関係でも投資先スタートアップに一定の口出しができるようにしておきたいとベンチャーファンドは考えます。このような理由で、会社法上行使できる株主としての権利よりも強い権利を持っておきたいと考えて、株主間契約書を締結するのです。
よく株主間契約書で合意される条項としては、以下のようなものがあります。
・投資家が株主が、取締役やオブザーバーを指名できる。
・重要な会社の意思決定を、一部の投資家の同意なく実行できない
・会社が将来新株を発行する際に、既存の投資家が優先的に引き受けることができる
・先買権(経営株主などが株式を譲渡しようとしているときに、投資家が代わりに買い受けることができる)、共同売却権(経営株主などが株式を譲渡しようとしているときに、投資家が売却に参加することができる)
株主間契約の当事者は、基本的にはすべての株主なのですが、エンジェル投資家や経営株主の友人として出資した株主は、応援目的で出資しており、投資金額も少額であることが多いことから株主間契約書作成の事務負担を望まないことが多く、当事者に入らないことが多いです。株主間契約でVC等の投資家に付与した権利内容をエンジェル投資家などにあまり知られたくないというニーズも背景にあります。
最後に、財産分配契約書ですが、一般的には、みなし清算条項と、強制売却権(ドラッグ・アロング)を定めます。みなし清算条項は、1回目のコラムでも説明しましたが、M&A代金の分配を、残余財産分配の時と同じ順序で、優先株主から順々に行うという条項です。ドラッグ・アロングとは、M&Aのため株式を売却しようとする際に、売却に賛成していない株主の分まで含めて強制的に売却できる、という条項です。とりわけ、ドラッグ・アロングは、株主間契約書に定められる先買権や共同売却権と同じく、株式処分に関するルールであり、なぜここだけ別の契約書に定めるのか、不思議に感じられる方もいるかもしれません。その理由は単純で、契約当事者がイコールではないからです。みなし清算条項とドラッグ・アロングは、その性質上、全ての当事者で合意しないとあまり意味がありません。まず、ドラッグ・アロングが定められる背景は、スタートアップをM&Aでイグジットする際、買収する側は100%買収を希望することが多いので、売却に乗り気でない株主まで含めて全て売却できるようにしておくことが、M&Aによるイグジットの可能性を高める上で有効だからです。株主間契約にすべての投資家が入っていない場合、株主間契約にドラッグ・アロングを定めても、一部の投資家が株主として残ってしまう可能性が出てくるため、だいぶ意味が減殺されます。(ただ現実には、全ての株主が入っていない株主間契約書にドラッグ・アロングが定められているケースはあり、その場合は、株主間契約の当事者ではない株主からは、別途同意書をとって、効力を及ぼす、という方法があります。)みなし清算条項も、それを定める目的は、M&A対価の分配に残余財産分配と同じルールを適用することを事前に合意しておくことで、対価分配の予測可能性を高めることにあります。一部の株主が対象外になっていると、その株主が反対するかもしれませんので、やはり有効性が減殺されることになります。このように、株主間契約書と財産分配契約書は、今後の会社の運営・株式の取り扱いを合意する契約書、という意味では共通しているのですが、契約当事者が違ってしまうため、わざわざ別々の契約書にしているのです。(なお、この仕切りに必然性があるわけではないので、先買権や共同売却権も、ドラッグ・アロングと同じ株式の処分に関する条項であるということで、株主間契約ではなく財産分配契約書の方に定める場合もあります。)
なお、これらの内容を一つの「投資契約書」の中に全て定めることもありますが、投資契約書は、あくまで当該ラウンドの契約書なので、資金調達ラウンドを重ねるごとに別々の投資契約書ができてしまうことになります。そうすると、ある会社のアクションについて契約書で制限がないか確認する際にも、何通もの契約書を調べる必要がありますし、気づかないうちに矛盾する内容になっている可能性もあります。このため、あるラウンドの株式発行に関する事項(引受契約)と、その後の会社運営に関する事項(株主間契約・財産分配契約)は、別々の契約書にするのが合理的といえます。
2.投資契約の作成の流れ
投資契約は、一般に投資家側のニーズが出発点になっていますし、VCはこれらの契約書について習熟していますので、一般に投資家側(VC側)がドラフトを作成し、経営株主側・会社側が、その内容で受け入れて問題ないか確認する、という流れになります。
3.引受契約の条項
株式引受契約書は、先に述べたように、どのような株式をいくら会社が発行し、それに対して投資家がいついくら払い込む、といった出資の条件を定めた契約書です。通常、別紙として発行する優先株式の要項を添付します。注意するポイントは、以下の通りです。
(1)資金使途
株式発行で調達した資金の使途は株式引受契約で指定されるケースが多いです。これは、自由に使えるようにしてしまうと、出資した金銭が高級車の購入、投機的な金融商品の購入といった浪費に使われるのではないか、と投資家が懸念するためです。
もっとも、契約書に明示された使途以外に資金を使えないことになると、スタートアップの運営の柔軟性が損なわれてしまうため、スタートアップ側としては、契約書に書かれた使途でなくても、取締役会で決議された場合や投資家の承諾を得た場合は、使えるように定めておくことが望ましいでしょう。
(2)表明保証
表明保証という概念はなじみのない方が多いと思いますが、ある時点で、一定の事実が正しいことを表明したうえで、間違っていた場合は、相手方が取引実行(払込)を拒絶できたり、相手方に生じた損害を補償しなければいけない、という条項です。厳密に言うと、表明保証条項は前半部分の「ある時点で、一定の事実が正しいことを表明」する、という部分を指します。間違っていた場合に、取引実行を拒絶できる、あるいは損害を補償する、という後半部分は、表明保証とは別の、「取引実行の前提条件」「補償」といった条項で定めます。とはいえ、単に契約書の中で事実が正しいことを表明してもそれだけでは何も意味がないので、「取引実行の前提条件」「補償」といった条項は、表明保証とセットで定められる条項です。(なお、必ずしもこの2つがセットで登場するという意味ではありません。通常、表明保証違反の場合の補償はほとんどの契約書で定められると思いますが、「取引実行の前提条件」にするかは状況次第です。また、ベンチャー投資では、次に説明する買取条項の対象になる可能性もあります)
具体例でみていきましょう。例えば、引受契約に以下のような表明保証が定められていたとします。内容としては、よく定められる内容です。
発行会社又はその取締役に対する、発行会社の事業、資産、負債、損益の状況に悪影響を与えうる訴訟等は係属しておらず、かつ、発行会社が第三者に対して提起し現在係属中である訴訟等及び提起を予定している訴訟等は存在しない。 |
表明保証違反の効果として取引実行(払込)拒絶、補償が引受契約に定められていたとして、例えば、発行会社が第三者から商標権侵害で訴えられていたとします。この場合、クロージングまでに発覚した場合は、投資家が払込を拒絶できます(なお、軽微な違反の場合にも払込を拒絶できるか、といった問題もあります。これは契約書の書き方次第ですが、軽微な違反が発覚した場合まで払込を拒絶できるようにすると発行会社の地位が不安定になりますので、重大な違反の場合だけ払込を拒絶できるようにすることが多いです。)。なお、払込を拒絶する権利があっても投資家が実際に拒絶してくるかはまた別で、例えば、払込自体は応じてよいが、企業価値の算定基礎が間違っていたことが分かったとして払込金額を下げるように交渉してくる可能性もあります。他方、払込後に発覚した場合は、通常、補償条項の問題となります。払込後に払込がなかったことにすることはできないためです(ただ、次に説明する買取請求が定められている場合、その対象になる可能性はあります)。例えば、裁判で敗訴したり和解したりして、サービス名称の変更を余儀なくされたり取引先に金銭を支払ったりして、その分企業価値・株式の価値が下がったとすると、それにより投資家が被った損害が補償対象に入る可能性があります。なお、補償については、払込拒絶権と違って、軽微な違反を対象外にすることはあまりありません。
では、発行会社が第三者と訴訟を抱えている場合、発行会社側ではどうすればいいでしょうか。一般的には、具体的な紛争を別紙に示して、「別紙〇記載のものを除き」存在していないという文言に変えることになると思います。
また、表明保証の内容によっては、会社側として具体的に表明保証に反する事実を知っているわけではないけれど、存在しないという自信まではない(十分な確認ができない)ものもあります。例えば、「第三者から知的財産侵害を主張されるおそれはない」という表明保証を求められた場合、第三者の知財を侵害してはいないと思っているけれども、第三者から言いがかり的な主張を受ける可能性もあり得るため、そこまでは言い切れないかもしれません。その場合は、「発行会社の知る限りにおいて」といった文言を加えることもあります。(なお、発行会社の知る限りにおいてという文言を加えた場合に、末端の従業員が知っていていたが社長は知らなかったという場合に、発行会社が知っていたことになるのか、とか、色々詰めていくと論点があります。)
なお、VC等は出資の際にデューデリジェンスをすることが多いので、デューデリジェンスをしたうえでさらに表明保証が必要なのか、という疑問も生じるかもしれませんが、デューデリジェンスは限られた時間・リソースの中で行うもので、完全に会社の状態がわかるわけではないため、デューデリジェンスの有無にかかわらず契約上も表明保証するのが通常の実務です。ただ、契約上表明保証条項が入ることで、デューデリジェンスを省力化でき、よりスピーディーに出資できる、というメリットはあります。
(3)買取請求
(i)どのような条項なのか
重要な義務違反、あるいは重大な虚偽表明保証がなされた場合に、投資家が、発行会社や経営株主に対して株式の買取を求めることができる旨の条項です。
(ii)なぜ定められるのか
まず、発行会社が義務に違反した場合に投資家が被った損害を補填する、というのがあります。上で説明したように、表明保証への違反の場合は補償請求ができるようになっているのが通常ですし、契約違反の場合も同様です。そうすると、買取条項がなくても補償で足りるのではないか、という疑問もありますが、補償請求をするためには投資家側の損害を立証しなければならず、この損害の立証の部分がなかなか大変なため、代わりに買取請求が定められてきたという背景があります。
さらには、重大な違反が発覚した場合、投資家としてもはやそのスタートアップを信頼することができず、これ以上株主であり続けることが難しいため、投資関係を清算したい、という背景もあります。
(iii)スタートアップ・経営株主として注意すべき点
買取請求権は、スタートアップ・経営株主側にとってはなかなか重たい負担となる条項です。とりわけ、経営株主にとってはそうです。
スタートアップ側としては、買取請求権について
・経営株主は、原則として買取請求権の対象としない方向で交渉する。
・スタートアップ自体の買取義務は、重大な義務違反・表明保証違反に限定するよう交渉する。
のが望ましいと思われます。
まず、経営株主の買取義務は、従前、スタートアップ自身の自社株買いが会社法上の分配可能額との関係で難しかったという背景もあり、契約上定められることが多かったですが、前述したとおり、経営株主にとってはなかなか負担が重い条項です。経営株主側としては、まず、買取請求の定めは許容するとしても、買取義務の主体は発行会社に限定する(経営株主は買取義務を負わない)よう交渉していくのが望ましいと思います。また、交渉上、経営株主を対象に外すのが難しい場合は、経営株主自身の契約違反の場合に限って経営株主の買取義務を認めるとか、あるいは、まず買取の主体は会社自身とし、分配可能額等の規制により会社自身が買取できない場合に限って経営株主に買取を請求できるようにする、といった形にするよう求めることが考えられます。
また、発行会社の買取についても、軽微な違反で買取請求権が発生して多額のキャッシュアウトフローが発生してしまうとアンバランスですので、重大な違反の場合以外は行使されない文言にしておくべきでしょう。経済産業省が2020年3月に改訂した「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」では、買取請求がされるほど重大な表明保証違反・契約違反を、以下の通り例示しており、参考になると思います。
・粉飾決算(多額の架空売上の計上、債務の隠蔽等)
・投資資金の資金使途以外での使用(目的以外の事業への流用、他者への投融資、創業株主らによる私的利用等)
・反社会的勢力との関係が明らかとなった場合
・事前承認事項への違反(大量の新株発行や重要な事業の譲渡等)
・重大な法令違反が生じた場合
買取請求を定める場合、次に問題となるのは、いくらで買い取るかです。一般的には、払込金額、財産評価基本通達上の「類似業種比準価額方式」に基づき計算された額、一株当たり純資産の額、直近の譲渡・増資時の金額、合意された第三者により算定された公正価額など複数の方式のうち、一番高い金額とされることが多いです。つまり、合理的な算定方法のうち、最も高い金額を採用するということです。違反のペナルティとしての性格があり、投資家側から見ると、安い買取価格であればペナルティにならない(かえって、スタートアップにとって行使されると得になりかねない)と考えるでしょうから、やむを得ないところだとは思うのですが、合理的な内容になっているか、注意して交渉する必要があると思います。
なお、公正取引委員会・経済産業省「スタートアップとの事業連携及びスタートアップの出資に関する指針」(以下「スタートアップ事業連携・出資指針」)(2022年3月31日付)は、「w社は、出資者から、w社側の軽微な契約違反の場合でも、出資者が株式の買取請求権を行使できる条件を設定された上、出資者が出資額よりも著しく高額な価額で買取請求できる条件を一方的に設定された。」「x社は、出資者から、x社が数年後に出資額よりも著しく高額な価額で必ず株式を買い戻さなければならないという条件を受け入れさせられた。」といった場合は、独占禁止法上の優越的地位の濫用になり得るとしています。
また、一定期限までにIPOできない場合に投資家が会社に買取を請求できる、という条項が入れられることもありました。スタートアップ側としては、IPOできないことのリスクはすべて自分たちで負担するのではなく、投資家側にも負担してほしいところであり、削除してほしいところでしょう。もっとも、そのような条項が定められる背景としては、スタートアップが、上場会社になるため内部管理体制を構築する煩雑さやM&Aで自由が失われることを懸念して、IPOやM&Aを敢えて進めないかもしれない、という懸念があり、その懸念自体は理解できるところです。償還期限があるベンチャーファンドは一定期間内にイグジットをする必要があり、スタートアップにそのような行動をとられると困ってしまうためです。このため、発行会社が十分IPOできる状態にあるにもかかわらずIPOを行おうとせず、投資家のM&Aによるイグジットにも協力しない場合に、発行会社に買取を求める権利であれば、合理性があることも多いでしょう。もっとも、重大なキャッシュアウトフローを発生させる契約条項ですので、どのような状況であれば発動されうるのか、条件は明確に定めておくのが望ましいでしょう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。今回は以上です。次回は、株主間契約と財産分配契約について解説します。
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本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。実際の事案を検討される際には、別途法律専門家にご相談ください。