スタートアップ経営者のための、ストックオプションの基礎知識

資金がない一方、将来IPOすれば大きなキャピタルゲインが見込まれるスタートアップでは、役職員などへのインセンティブとして、ストックオプションがよく使われます。 このコラムでは、スタートアップの経営者向けに、ストックオプションの基礎知識を説明します。


1.ストックオプションとは


(i) ストックオプションとは「新株予約権」の一種である


ストックオプションとは、主に会社の役職員向けにインセンティブとして付与される、「新株予約権」を指します。

「新株予約権」とは、会社の株式を、将来、決められた値段で買う権利で、会社法の236条以下に定められています。例えば、会社の株式を、今後10年間の間のどこかで1株あたり500円で買う権利、といった具合です。


(ii) 「新株予約権」にはプラスの経済価値がある


上のケースで、今後10年間のうちに、株価が1万円になることがあったら、そこでストックオプションを行使すれば、その時の時価が1万円の株式をわずか500円で買えることになります。すぐ売れば9500円の利益が出るということになります。

他方、会社の株価が200円前後で低迷していたとしたらどうでしょう。その時に新株予約権を行使してしまうと、市場で買えばたったの200円くらいで買える株式をわざわざ500円払って買うことになりますので、大損することになります。しかし、新株予約権(ストックオプション)は「権利」であって行使する義務はないので、そのようなときは行使しなければいいわけです。

このように、新株予約権は儲かる時だけ行使すればいいので、本来プラスの経済価値があります。


(iii) ストックオプションの発行の対価


このように、新株予約権はプラスの価値のある権利なので、本来的には対価を払って取得するものです。つまり、行使時に500円の行使価格を払い込むのとは別に、最初の新株予約権の付与を受けるときに、たとえば100円を会社に払い込むといったことです。なお、この100円という値段は、将来新株予約権を行使して儲かる確率がどの程度で、その場合の儲けの額はどの程度か、などといったことが影響して決まるのですが、「ブラック・ショールズ・モデル」などいくつかの計算モデルがあるので、それに当てはめて計算されます。

もっとも、ストックオプションの場合は、インセンティブとして付与されるものなので、多くの場合、当初の100円の払い込みはなく、「無償」で発行されます。経済的にはプラスの価値のあるものを、インセンティブとしてタダでもらっているということです。


2.税制適格ストックオプションとは


(1) はじめに


ストックオプションは、ふつうの無償発行のストックオプションだと、権利行使時(上の例だと、ストックオプションを行使し、500円払って株を取得したとき)に時価と行使価格の差額(上の例だと、差額である9500円)について、給与所得として課税されてしまいます。しかし、一定の要件を満たすと、行使時に課税されないことになっており、これを税制適格ストックオプションと呼んでいます。税制適格ストックオプションだと、権利行使時には課税されず、株を売った時に、権利行使価格(上の例だと500円)と売却価格との差額が譲渡所得として課税されます。

税制適格ストックオプションのメリットとしては、①課税が、現金が受け取れる株式売却時のみであること(すなわち、行使時に、現金の受け取りがないのに課税だけされて、納税資金の調達に困る、ということがない)、また、②譲渡所得は税率が一律20.315%なので、累進課税の対象となる給与所得課税より税率が低くなることが多い、という点です。

このように、税制適格ストックオプションはメリットが大きいので、ストックオプションを発行するときは、税制適格になるように設計することが多いです。


(2) 税制適格ストックオプションとするためには


税制適格ストックオプションとするためには、以下の要件を満たす必要があります(租税特別措置法29条の2第1項)。なお、(iii)から(viii)は割当契約にも定める必要があります。

また、付与日の翌年1月31日までに、会社から「特定新株予約権の付与に関する調書」を税務署長に提出する必要がある点にも注意してください(租税特別措置法29条の2第6項)。


(i) 無償発行である

そもそも無償発行でないと税制適格にはなりません。

(ii) 付与対象者は取締役・従業員などに限られる
付与対象者は、会社・子会社の取締役、執行役、使用人(従業員)です。監査役は対象にならないので注意してください。なお、主務大臣の認定を受けて「社外⾼度⼈材活⽤新事業分野開拓計画」を策定した場合、一定の社外高度人材にも付与できますが、この場合は割当契約に入れなければいけない条項も、このコラムに書いているものから少し増えるなど、ルールが少し違ってきます。
また、発行済株式総数の3分の1超(非上場会社の場合)を持っている大口株主も対象外です。
税制適格ストックオプションの対象にならない人にストックオプションを付与しようとする場合は、行使時に課税されない「有償発行ストックオプション」を付与することもありますが、このコラムでは割愛します。

(iii) 権利行使期間は2年後~10年後に収まっている

権利行使できる期間(ストックオプションを行使できる期間)は、付与決議の日後2年を経過した日から、付与決議の日後10年を経過する日までの間に収める必要があります。 ただ、付与決議日時点で設立5年未満の未上場会社は、「10年」を「15年」とすることができます。

(iv) 権利行使価格が割当契約締結時の時価以上である

(v) 年間1200万円を超えて権利行使できない

(vi) 譲渡が禁止されている
なお、「発行要項」では、譲渡に会社の承認が必要と定めることはできるのですが、譲渡を全面的に禁止することはできないとされているので、「発行要項」で譲渡に会社の承認が必要と定めたうえで、さらに割当契約で完全に譲渡を禁止します。

(vii) 新株予約権の行使が会社法281条1項に反しない形でなされる
会社法281条1項というのは、新株予約権を行使する場合、行使日に、会社の定めた銀行などの払込取扱場所で、行使価格全額を払い込まなければならない、ということを書いている条項です。

(viii) 行使されることで交付される株式についての管理等信託等
未上場の段階でストックオプションを発行する場合、管理等信託の契約を証券会社などと締結する必要があります。


3.税制適格要件以外のストックオプションの条件


次に、税制適格に関係しない部分のストックオプションの条項についてみていきましょう。


(1)行使価格の調整条項


株式の分割・併合が発生した場合に、株数・行使価格をそれにあわせて調整する条項を置いておく必要があります。また、ダウンラウンドが発生した場合の行使価格の下方調整条項も置くことが多いです。


(2)行使条件

以下のような条件を定めることが多いです。

・行使時に役員・従業員でなければ行使できない。

・株式公開まで行使できない。
そのほか、懲戒事由や反社会的勢力の関与がないことも行使条件にされることが多いです。


(3)べスティング


付与される従業員の在籍期間などに応じて、行使できる割合を段階的に引き上げる「べスティング条項」を定めることが多いです。


(4)取得条項


行使条件にひっかかって行使できなくなった場合、あるいは会社が買収された場合などに、会社側が新株予約権を取得できるという条項も置かれることが多いです。

前者は、行使条件に抵触して行使できなくなった場合に、そのままだと新株予約権の一部消滅の登記をしなければならず、手間がかかるので、一旦会社が取得して、新株予約権が消滅しないようにすることで、すぐに登記しなくていいようにするためです。

後者は、新株予約権が存在すると、M&Aで売却する際に障害になる可能性があるため、取得できるようにしておくものです。ただ、ストックオプションがなくなってしまうと役職員のモチベーションに悪影響があるため、M&Aのときに買収会社と交渉して、代わりに新株予約権を発行してもらうようにすることもあります。


4.発行手続


「新株予約権」であるストックオプションを発行するときは、株主総会で新株予約権の「内容」、たとえば行使価格・行使期間などを決定します(会社法238条1項1号)。また、募集事項(たとえば、新株予約権をいくつ、いつ、いくらで発行するか(なお、最後の「いくら」については、税制適格の場合は無償発行にする必要があります))も株主総会で決定しますが、具体的な発行タイミングなどは1年間取締役(会)に委任できます(会社法239条1項)。

なお、役員に割り当てる場合は、役員報酬の一種なので、役員への割当上限なども株主総会で定める必要があります(会社法361条1項4号、会社法施行規則98条の3)。


5.金融商品取引法上の開示


会社、100%子会社、100%孫会社の取締役・会計参与・監査役・執行役・使用人(従業員)だけに、かつ譲渡禁止のついた新株予約権を付与する場合は、人数に関係なく金融商品取引法上の有価証券届出書の提出義務が発生しないという例外が定められています(金融商品取引法4条1項1号)。他方、付与者にそれ以外の人が入っている場合、たとえば、社外の協力者などにも付与する場合は、この例外が使えないため、付与人数等によっては有価証券届出書の提出義務が発生する可能性があります。いったん有価証券届出書の提出義務が発生すると、以後毎年有価証券報告書などを提出しなければいけなくなり、かなりの負担になります。このため、ここでは詳細は省きますが、社外の協力者などに付与する場合は、有価証券届出書の提出義務が発生しない形になるよう、注意して進める必要があります。


[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。

2024.6.20
TOP