
このコラムでは、スタートアップM&Aを主に念頭に置きつつ、M&Aにおける秘密保持契約書について解説します。また、これに関連して、M&Aのデュー・デリジェンスで対象会社が第三者に秘密保持義務を負っている情報の提供に関する論点についても解説します。
1.M&Aにおける秘密保持契約の重要性
M&Aでは、M&A取引を準備していること自体が、場合によっては、インサイダー取引規制上の重要事実に当たることもありますし、そうでない場合でも、情報が漏れてしまうと、対象会社の役職員や取引先に不安が広がるなどして、重大な影響があるため、秘密情報として厳格に管理されます。また、デュー・デリジェンスなどで対象会社の営業秘密等秘密情報が買い手企業に開示されることが多く、このような情報も厳重に管理される必要があります。特に、買い手企業が対象会社の競合先である場合などは、買い手企業が入手した対象会社の営業秘密を、競合する商品・サービスの開発に利用するおそれもあり、その場合、対象会社に多大な不利益が生じるおそれがあります。これは不正競争防止法違反にもなり得る行為ですが(不正競争防止法2条1項7号)、このような事態が生じないように手当てしておく必要があります。
このことから、M&A取引を進める場合、初期の段階から、秘密保持契約が締結されるのが一般的です。秘密保持契約は、英語の名称(Confidentiality Agreement又はNon-Disclosure Agreement)を略して、CA、あるいはNDAと呼ばれることも多いです。秘密保持契約の内容は比較的定型化しており、業務委託など日常的な商取引の交渉の際にもよく締結され、また、そのような場面では、スピーディーな締結が優先され、秘密保持契約の内容について細かく検討・交渉されることは少ないといえます。このようなことから、秘密保持契約は、ドラフティングや交渉の難易度において「簡単な」契約とみられる傾向もあります。M&Aにおける秘密保持契約も、契約書の構成や条項の内容は、このような一般的な商取引の交渉時点で締結されるものと大きく変わるものではありません。しかし、秘密保持契約は、現実の秘密情報の運用を考えて細かく見ていくと、悩ましい問題が色々出てくる契約でもあり、とりわけM&Aにおいては、重大な秘密情報が授受されることから、一般的な商取引の交渉時点で締結される秘密保持契約とは、重みが相当異なるといえるため、実際には難しい論点を多く含む契約といえます。このため、以下では、まず秘密保持契約の内容について見ていきます。なお、基本合意書の中に置かれる秘密保持条項についても、個々の条項についての考え方は同様です。
2.M&Aにおける秘密保持契約の内容
(1)秘密保持義務の対象となる情報の範囲
M&Aにおける秘密保持契約では、まず、上述したように、M&Aを進めているという事実自体を秘密情報として管理する必要があります。また、デュー・デリジェンス等で提供される対象会社等の情報も秘密情報として管理する必要があります。
このため、
・M&A交渉の存在、内容
・対象会社やその株主(経営株主等)が買い手企業に対して開示する対象会社に関する情報
を、秘密保持義務の対象となる情報(「秘密情報」「機密情報」といった定義語が置かれることが多いです)とすることが合理的だと考えられます。また、より包括的にM&A取引に関して当事者間で授受される一切の情報とすることも考えられます。
一般的な商取引の検討で締結される秘密保持契約では、秘密保持義務の対象となる情報の範囲を、「秘密である旨明記され書面等で開示された情報」に限定する(口頭の情報を含める場合でも、開示後一定期間内に書面で秘密情報として特定して通知した場合に限る)とすることがあります。これは、秘密情報の範囲を明確化したいというニーズによるものですが、M&Aでは、口頭での開示を含め大量の情報が授受され、これらの情報は、原則として秘密情報として管理されるべきものと考えるのが通常です。この場合に、秘密情報として特定された情報に限る、といった限定をかけてしまうと煩雑になってしまいます。このため、そのような限定をかけることは少ないように思います。
他方、秘密情報の定義を上記のとおり包括的に定めた場合、相手方から提供を受けた情報については、公知の情報や既に知っていた情報だったとしても、以後それを秘密情報として管理しなければならないのか、という問題が生じます。このため、公知情報や既保有情報などは例外として明記する(秘密情報の定義から除外する)のが一般的です。例えば、以下のような情報です。
① 情報受領時点で既に公知だった情報
② 情報受領後に、受領当事者の責に帰すべき事由によらずに公知となった情報
③ 情報受領時点で受領当事者が既に知っていた情報
④ 受領当事者が、開示当事者に対して秘密保持義務を負わずに当該情報を適法に保持している第三者から,受領当事者が秘密保持義務を負わずに適法に取得した情報
①②は、公知の情報について、相手方から提供を受けたからといって、以後「秘密情報」として自社のみ取扱いが制限されるのは不合理という考えによります。ただし、②で「受領当事者の責に帰すべき事由によらずに」とあり、受領当事者が秘密情報を漏えいして公知になった場合は、公知情報でも、引き続き秘密保持義務(利用目的の制限、第三者提供の制限など)の対象になります。自らの漏えい等をしてしまったことで秘密保持義務から免れてしまうのは不合理だからです。この場合、世の中の一般の人は(公知になっている以上)情報を利用できるものの、受領当事者だけが情報利用に制限を課されることになりますが、これは、情報の漏えい等をしてしまったことの報いであり、やむを得ないと考えられます。
③④は、相手方からの開示によって知ったのではなく、元々知っていた、あるいは第三者から入手した情報について、相手方から開示された情報と同じ情報だったという理由で利用が制限されるのは不合理という考えによります。これと似たもので、「秘密情報を参照することなく受領当事者が独立に開発した情報」を例外として入れることもあります。これは、主に技術情報などを想定したものであり、例えばある技術がM&Aのデュー・デリジェンスで買い手企業に開示された場合に、その情報に基づかず、たまたま後日買い手企業が同種の技術を独自に開発した場合に、そのような情報が秘密保持義務の対象にならないようにするためのものです。他方、情報を開示する側(主に対象会社側)は、実際には対象会社から得た情報を流用したのに、独自開発したものだと主張して秘密保持義務違反を免れる口実に使われるのではないか、という懸念から、この例外を追加することに抵抗することも多いです。
なお、③④や独自開発の例外は、とりわけ技術情報やアイデアについては、たまたま相手方から入手した情報と内容が同じ(又は類似)だっただけで、相手方から入手した情報そのものではない(別の情報である)として、上に書いたように秘密情報の定義からの例外として契約書に明記していなかったとしても、秘密情報には当たらない、と考える余地もあり得るようには思われます。この点、対象会社のビジネスに関する情報は、その性質上、それが公知あるいは第三者から入手したものだとしても、もともと対象会社に起源のある情報であるのが一般的と思われますが、独自に思いついた、あるいは第三者から入手した技術情報やアイデアは、そもそも対象会社や情報開示者とは何ら関係のない情報(例えば、技術情報は自然法則であって、もともと自然界に存在していたものともいえます)であって、たまたま対象会社の役職員等と買い手企業の役職員等が同じことを思い至ったに過ぎないと思われるためです。とはいえ、実務上は、これらを除外したいのであれば、秘密情報の定義から除外されるものとして、契約書に明記しておくのが一般的です。
なお、③については、とりわけ類似の商品・サービスを提供している会社を買収するケースで、M&Aのデュー・デリジェンスに進んだものの最終的にM&A実行を断念し、その後対象会社と競合するような商品・サービスを発売した場合に、デュー・デリジェンスで得られた対象会社の情報を流用して開発したのではないかとの疑いをかけられるおそれがあります。元々持っていた情報は③で秘密情報の定義から外されるものの、③の情報に当たることを立証できるのかというのが問題になります。対象会社からデュー・デリジェンスで得られた情報と同種の情報を持っていたとして、その時点でその情報を本当に持っていたのではなく、対象会社から入手した情報を流用して開発したのではないかという疑いをかけられるおそれがあるためです。そのようなおそれがある場合、以前から持っていた情報であること(デュー・デリジェンス等で得た情報を流用したわけではないこと)を後々立証できるように、デュー・デリジェンスに進む前に、物理的な記録媒体にその時点で持っている情報を記録したうえで、封筒などに入れ、確定日付をとるといった自衛手段が考えられます。
他方、「独自開発の例外」を設ける場合は、独自開発したものと立証できるようにするため、M&A取引を実行するチームと開発業務を実行するチームに情報遮断措置を設ける「クリーンルーム」という方法がありますが、その場合、買い手企業の当該分野の技術に詳しい人が対象会社の技術に関するデュー・デリジェンスを行うことが難しくなり、デュー・デリジェンスがやりづらくなる可能性もあります。
このように、とりわけ同業者同士のM&Aにおいて、デュー・デリジェンスでの秘密情報(特に技術・ノウハウに関する情報)の取り扱いには困難な問題があり、秘密保持契約でのリスクヘッジには限界があります。このため、例えば、秘匿性の高い情報については、後で述べるように、最終契約締結後など、ディール準備の終盤まで開示を控える、ということも考えられます。
(2)秘密保持義務
秘密保持義務として、目的外使用の禁止(取引の検討以外の目的で使用しないこと)、第三者への開示の禁止が定められます。
目的外使用の禁止は、まさに、デュー・デリジェンスで入手した情報を商品・サービスの開発に流用するなどの行為を禁止するという観点で、非常に重要な条項です。この点、明記しなくても、不正競争防止法上の営業秘密に当たる情報については、デュー・デリジェンスで受領した情報をもとに競合商品・サービスを開発する場合は、不正競争防止法違反を問える可能性がありますが(不正競争防止法2条1項7号)、これが認められる場面は限られているため、秘密保持契約書には必ず目的外使用の禁止を明記しておくべきと考えられます。
他方、M&Aでは、取引の「検討」以外に、クロージングを完了させ、PMIを実施するなど、取引を「実行」するために、M&Aの過程で入手した秘密情報を使用する必要があります。では、秘密保持契約の目的外使用禁止条項で「取引の検討以外の目的で使用しない」と書かれている場合、取引実行目的での使用は違反になるのでしょうか。この点は、「取引の実行」をそもそも利用目的として明示しておけばよいのですが、M&A交渉当初に締結する秘密保持契約では、まだ取引に進むかどうか決まっていないこともあり、そうしていないケースもあります。この点については、M&Aの最終契約書の中に、M&A交渉開始時点からの授受情報を対象とする秘密保持条項と、完全合意条項(契約の対象事項について、それ以前の合意があった場合は、この契約で置き換えられるという条項)が入っている場合は、M&Aの最終契約が締結されることで、M&A交渉当初に授受した秘密情報についても最終契約中の秘密保持条項が適用され、元の秘密保持契約は失効します。このため、M&Aの最終契約の秘密保持条項で、情報を取引実行のために使えると書かれていればよい、ということになります。
第三者への開示については、一定の第三者開示は例外とするのが一般的です。よくある例外は以下のとおりです。
① 秘密情報の利用目的との関係で必要な範囲での、受領当事者の役職員への開示
② 秘密情報の利用目的との関係で必要な範囲での、受領当事者の関係者(受領当事者が株主の場合は対象会社、受領当事者が対象会社の場合は株主や親会社)に対する開示
③ 秘密情報の利用目的との関係で必要な範囲での、本取引に関して受領当事者が依頼する弁護士,公認会計士,税理士その他のアドバイザーに対する開示
④ 法令または裁判所,監督官庁,金融商品取引所その他受領当事者を規制する権限を有する公的機関の裁判,規則もしくは命令に従い必要な範囲における秘密情報の公表・開示
①から③は、いずれもM&Aの準備・実行のために必要な情報共有先(Working Party)への開示を認めるものです。このうち、①については、そもそも受領当事者の役職員は、受領当事者の一部であって、第三者開示の一部として書かれていることに違和感を感じるかもしれません。これはもっともだと思われ、開示できる第三者として書かれていないとしても、当然に情報を共有できると考えられます。むしろ、自社の役職員でも「秘密情報の利用目的との関係で必要な範囲」でしか開示できないとする点に主眼があると思われます。次に、②は、受領した者(法人・個人)と別の者に開示する必要がある場合に、それを許諾開示先として書いておくものです。最後に、③は、取引実行のための外部アドバイザーに開示できるようにするものです。
いずれについても、これらの当事者に開示する場合は秘密保持義務で自らが負うのと同等の秘密保持義務を課すこと、違反があった場合は自己の違反とみなして相手方に対して責任を負うことが定められます。ただし、秘密保持義務を課すという部分については、弁護士等法令上の守秘義務を負う当事者への開示の場合は不要とされることが多いです。なお、受領当事者が、②③など第三者に開示する場合に、当該第三者は自分のコントロール下にないので違反に責任を負えないとして、「自己の行為とみなして相手方に対して責任を負う」という条項を入れることに抵抗を示すこともあります。もっとも、親会社等については受領当事者と実質的な一体性があるものですし、アドバイザー等についてはその選定や管理は受領当事者が自己の判断で行うものであり、仮に受領当事者が責任を負わない場合は、そのリスクの一部又は全部は逆に開示当事者が負うことになり、それも不合理と思われますので、開示側当事者としては、受領当事者が責任を負わないという取扱いは、なかなか受け入れづらい部分があると思われます。
④は、①から③とは性格が異なり、例えば、適時開示義務が発生する場合の開示、監督官庁から開示を要請された場合の開示などが想定されています。こちらについては、そもそも開示義務の有無等を争う機会を提供するため、法令等で許容される範囲で、事前に開示当事者に事前通知する義務を定めておくことが多いです。
なお、④は、公的機関等から開示を求められた場面を想定していますが、逆に公的機関に積極的に開示する必要がある場合があります。典型的には、典型的には、M&A交渉の相手方と紛争になった場合に、M&A交渉に関わる事実を訴訟で証拠として提出できないと困るため、それが許容されるよう明記しておくということです。この観点で、例えば、権利行使のための裁判所等への開示を例外として明記することもありますが、ここまで定めておくのはあまり一般的ではないように思われます。明記されていない場合に、裁判所に証拠提出が許されないのか(秘密保持義務違反になるのか)については、文言解釈としては厳しいような気がするものの、例えば営業秘密を理由とする記録の閲覧・謄写制限を申し立てた上で開示する場合は、許容されるというのが、当事者の合理的意思解釈という観点からは妥当性があるようにも思われます。
(3)返還・消去義務、秘密保持義務の有効期間
M&Aの秘密保持契約では、M&A取引の検討が終了した場合や、開示当事者が請求した場合に秘密情報を返還又は破棄する義務が課されるのが通常です。
「返還」「破棄」については、「返還」を原則としているようなケースもあります。確かに、物理的媒体で秘密情報が開示される場合(例えば契約書の原本を渡す形で開示される場合)は合理性が認められますが、M&Aの準備段階における秘密情報の開示は、口頭又は電子データの形で行われることが大半であり、その場合は、「返還」というのはワークしません。従って、秘密情報を含む有体物を貸与するような形で秘密情報が開示された場合を除き、破棄とするのが合理的と思われます。
「返還」「破棄」については、単に契約上義務付けるだけでなく、「返還」「破棄」した旨の証明書を出させることもよくあります。相手方が秘密情報を本当に全て「返還」「破棄」したかを確認するのは困難ですが、証明書を出させる場合、証明書を出したか否かで法的責任が直ちに変わるものではありませんが、実際上、虚偽の事項について証明書を出すのは心理的に抵抗がありますので、「返還」「破棄」義務の実効性を高める効果があります。
秘密情報が本当に全て「返還」「破棄」されてしまえば、受領当事者には秘密情報が無い状態になるので、以後漏えいや目的外使用について心配しなくていいということになりますが、実際上はそのようにはいかない部分があります。
まず、人間の頭の中に記憶として残った情報があります。この情報は、破棄義務があるといっても破棄するのは不可能であり、その後も残り続けます。秘密保持契約の文言上は、秘密情報の破棄と書かれていることが多いので、文言上は、頭の記憶に残った秘密情報も破棄しなければいけないのかという疑問も出てきますが、それは不可能ですので、義務の対象外と解するほかありません。この記憶情報との関係では、秘密保持義務の有効期間が意味を持つことになります。一般的に、秘密保持義務の有効期間の満了日は、「返還」「破棄」義務が発生する時点よりも後に設定されていることが通常ですので、記憶情報は破棄できないものの、秘密保持義務は一定期間存続するので、それにより流用や漏えいが防止されることになります。
秘密保持義務の期間は、無期限に存続させることは少なく、1年から5年の間に設定することが一般的です。なお、媒体に残った情報は、そもそも「返還」「破棄」義務の対象となりますので、返還・廃棄を怠り記録媒体に残ってしまった情報が秘密保持義務の有効期間後に流出したような場合は、「返還」「破棄」義務の違反が別途成立すると考えるのが自然でしょう。従って、秘密保持義務の期間を有期とするのか、有期とする場合に何年とするのかを考慮する上で重要なのは、主として記憶情報について、いつまで厳格な秘密管理が必要かという観点だと思われます。この点については、とりわけ技術情報やアイデアに関する情報についていえることですが、時間が経過するにつれてどこで仕入れた情報なのか頭の中で曖昧になって管理が難しくなる一方、情報の価値は(とりわけこれらの種類の情報については)時間の経過とともに陳腐化することが多いため、秘密保持義務を課し続ける必要性が低下するのが一般的です。このため、あまり長期の秘密保持義務を課すのは適切でないことが多いと思われ、数年間という期間は合理性があるものと思われます。一方で、ずっと秘匿性を保つことが想定されているノウハウを何らかの理由で開示する場合に、受領者が負う秘密保持義務が一定期間で終了するというのは、開示者にとっては受け入れがたいと思われますので、この点もケースバイケースではあると思います。
そのほかに破棄ができない(又はすべきでない)情報としては、以下のようなものが考えられます。もっとも、日本の秘密保持契約では、これらが例外として明記されることは、それほど多くないように思われます。
① コンピューターの自動アーカイブで保存される情報
② 法令や社内規則上保持しなければならない情報
①は、コンピューターの自動アーカイブで保存される情報について、現実的に破棄が困難であるため、例外として明記しておくものです。ただし、その趣旨からすると、IT部門の従業員が通常業務でアクセスする以外のアクセスは、禁止する旨明記しておくのが合理的と思われます。②は、例えば、秘密保持契約や基本合意書の契約書原本や、取締役会議事録や議案資料に入った案件情報が考えられます。また、監督官庁との関係で一定の保存が求められるようなケースもあります。
また、海外の秘密保持契約でもそれほど例は多くないと思いますが、訴訟等での権利行使のために必要な情報を例外として明記することもあります。訴訟などを念頭に置いた場合、確かに訴訟で主張立証のため必要な情報を保存しておく必要性は高いと思われますが、一方で、そのような例外を秘密保持契約の廃棄義務の例外として明記してしまうと、結局広汎に秘密情報を残すことを許容することになりかねないため、開示側当事者としてはここまで例外として明記するのは抵抗感が強いと思われます。例外として明記されない場合で、権利行使のためどうしても情報を残さざるを得ない場合は、漏えい等のリスクを勘案したうえで厳重に管理したうえで、自らのリスクで一定の情報を残す、というほかないように思われます。
なお、これらの例外を認めた場合は、これらの情報については、無期限に秘密保持義務の対象とすることが考えられます。いわゆる記憶情報とは異なり、これらの情報が目的外利用又は漏えいした場合の影響は、相当時間が経過した後でも大きいと思われるためです。
3.デュー・デリジェンスにおける守秘義務を負う情報の開示
秘密保持契約に関係しますが、これとは別の論点として、デュー・デリジェンスで対象会社が第三者との関係で秘密保持義務を負っている情報の開示を求められた場合にどうするか、という問題があります。
典型的な例としては、取引先との契約書が挙げられます。取引先との基本契約書などの契約書には、定型的な秘密保持条項が入っていることが多く、契約書の存在含めて、第三者への開示は禁止されていることが多いです。この秘密保持条項において、M&Aのデュー・デリジェンスでの開示が、開示の許される例外として明記されていればいいのですが、現実にはそのような例外を定めている契約書はほとんどありません。そもそもM&Aのデュー・デリジェンスでの開示は、競合先など、開示されると支障の出る先に開示されるおそれもあるわけですので、デュー・デリジェンスにより第三者に開示することを、秘密保持義務の例外として予め明記しておくのは、契約相手方にとっては相当抵抗が強いものと思われます。もっとも、スタートアップの締結している契約においては、主にエクイティ・ファイナンスのためのデュー・デリジェンスでの開示が元々想定されているためか、それを例外として明記しているものもあり、その中にはM&Aでのデュー・デリジェンスでの開示も例外に含めているケースも見受けられます。
もっとも、このような場合でも、契約書の開示を行わないと、実効的なM&Aのデュー・デリジェンスができないという問題があります。理論上は、取引先の同意を得た上で開示すれば秘密保持義務の違反になりませんが、そもそもM&Aの実施が決まる前に取引先に開示することは現実的に困難であり、開示のために取引先の同意を得ることは非現実的です。このため、実際上は、買い手企業側と秘密保持契約を締結したうえで、さらにリスクを勘案してケースバイケースで開示範囲等を制限したうえで、開示するとするほかないように思われます。
なお、秘匿性の高い情報については、最終契約締結後になって開示を受ける場合もあります。最終契約書締結後だと取引先に対して負う秘密保持の違反にならないというわけではありませんが、最終契約で取引実行義務を課した後であれば、情報がM&A実行以外の目的に流用されるリスクが低いとの判断です。他方、そこで予想外の事実が判明しても、既に最終契約を締結した後であれば、クロージング前提条件の不充足など、一定の場合でない限りクロージングを拒絶できないことになります。このため、このような建付けで進める場合は、最終契約の表明保証やクロージング前提条件の記載を十分検討する必要があります。
スタートアップM&Aの法務 他の記事:
1(スタートアップM&Aの特徴)
2(株式の取得方法)
3(M&A対価の分配)
4(ストック・オプションの処理)
5(法務デュー・デリジェンス)
6(基本合意書)
7(最終契約書(株式譲渡契約・運営合意))
8(二段階イグジット)
続編1(表明保証)
続編2(M&Aにおける秘密保持契約書)(今回)
続編3(M&Aのデュー・デリジェンスにおける個人情報の取り扱い)
[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。