
近年、スタートアップ投資の活発化、大企業による「オープンイノベーション」としてのスタートアップとの連携の活発化、イグジット手段としてIPOのハードルが高まっていることなど背景に、日本でもスタートアップのイグジット手段としてM&Aの重要性が高まる兆しがみられます。
未上場スタートアップのM&Aは、非上場会社のM&Aの一種ですが、上場会社グループ会社のM&A、伝統的な中小企業の事業承継型M&Aのどちらとも異なる特徴があります。
上場会社グループ会社のM&Aとの比較でいえば、未上場スタートアップではベンチャーキャピタル(VC)や資本業務提携先の事業会社など多くの外部投資家から資金調達をしていることが多く、多数の株主が存在している点がまず大きな特徴です。数が多いだけでなく、投資している株主の投資目的も様々であり、ある株主にとっては好ましいM&Aでも別の株主にとっては好ましくないことがあり得ます。例えば、ベンチャーキャピタル(VC)は投資家から預かったお金を運用して増やすファンドであり、基本的には、いかに高い価格で、確実に売れるかが重要ですので、高い価格でのM&A提案であれば歓迎されやすいと思いますが、投資先スタートアップと連携して自社の事業の成長を図ることを目的に投資している事業会社にとっては、仮にそのM&Aが実行されることで自社との連携が難しくなるのであれば、好ましくないM&Aになりえます。
単に株主の数が多いだけでなく、「優先株式」など、複数の種類の株式を発行していることが多いことも特徴です。ベンチャーキャピタル(VC)などの投資家は、優先株式で投資していることが多いですが、通常、優先株式は、M&A対価の配分について、経営株主などが持つ普通株式より優先的に配分されることになっています(残余財産分配優先権・みなし清算条項)。そうすると、優先株式にM&A対価を配分してしまうと、残りの普通株主に配分できる対価がほとんど残っていない場面も考えられます。そうすると、優先株主を持つベンチャーキャピタル(VC)などにとっては一応のリターンが得られるM&Aでも、経営株主などの普通株主としては受け入れづらいM&Aである場合も考えられます。
スタートアップ投資実務では、このような複雑な株主構成・資本構成をうまく管理し、予見可能性を高める目的で、資金調達時に「投資契約」「株主間契約」といった名称の契約を締結し、その中でM&A時の取扱いについても定めていることが多いです。このような契約が存在するため、M&A時には、まずは契約書の文言に従った処理を図ることになり。もっとも、契約書どおりに機械的に処理したのでは関係者が満足するM&Aが難しい場合は、契約書の定めとは異なる処理を図ろうとする場合もありえます。なお、スタートアップのイグジットについて、投資契約・株主間契約上はVC等の投資家に強い権利が与えられていることが多いですが、一般にスタートアップの企業価値は経営株主に依存していることが多いため、買い手企業も一定期間経営株主が残ることを望むことが多いです。その場合、経営株主が賛成しないと、買い手企業としてM&Aの目的を達成できないことになりますので、経営株主の意向は重要です。ただ、このような投資契約・株主間契約の想定と異なる処理をしようとするのであれば、当然のことながら、そのためには契約当事者の合意が必要になります。
また、スタートアップM&Aと、大企業のグループ会社のM&Aの大きな違いとして、スタートアップは、大企業では成し得ないような破壊的なイノベーションを達成することを目指した組織であるため、買収したスタートアップを、買収後にどのように子会社として管理していくかというのが、重要かつ難しい問題になり得るという点です。M&Aでグループインしたスタートアップを、通常の子会社のように子会社管理規程に従って厳格にグループ会社として管理した場合、スタートアップの経営判断、事業展開のスピードが落ちてしまう可能性があります。その場合、自由度高く俊敏に新しいビジネスを展開できるスタートアップの環境を魅力に感じて働いていた役職員のモチベーションが下がってしまうおそれがあります。一方では、大企業のグループに入ることで、顧客基盤などの大企業のリソースを活用して成長が加速されることが期待されるわけですが、買収したスタートアップがイノベーションを起こせない組織になってしまうと、もともとの強みが失われ、企業価値が低下して減損せざるを得なくなる可能性が高まります。他方で、大企業のグループ会社になる以上、レピュテーションやコンプライアンスの観点からも、一定の管理は必要になると考えられます。この両者のバランスをどう取っていくかは非常に悩ましい問題です。
また、スタートアップでは、ストック・オプションが従業員のインセンティブの重要部分を占めていることが多く、IPO後にストック・オプションを行使して大きなリターンを得る可能性を励みに働いている従業員も少なくないです。大企業にグループインした後、これまでのストック・オプションに代わるようなインセンティブをどうするか、という問題もあります。
他方、伝統的な中小企業の事業承継型M&Aとの違いでいうと、伝統的な中小企業とは異なり、スタートアップは戦略的に株主構成を構築しており、M&Aによるイグジットを想定した投資契約・株主間契約を締結していることとが特徴になります。伝統的な中小企業では、相続や節税対策などを目的に株主が分散し、また過去の株式譲渡の記録が残っていないケースが多いため、「真の株主が誰か」というのが、法務観点でM&Aの最重要論点となることがよくあります。これに対して、スタートアップM&Aでは、新株発行や株式譲渡記録は記録が残っていることが多いため、中小企業の事業承継M&Aと比べると、この点がそこまで重大な問題になることは多くないと思われます。
シリーズの構成
このシリーズ(スタートアップM&Aの法的論点)では、まず、「2(株式の取得方法)」として、100%買収のケースを想定して、スタートアップの多数の株主からどのように株式を取得するかについて説明します。VC等が出資するスタートアップでは、強制的な株式取得を可能とする「ドラッグ・アロング条項」が株主間契約で定められていることが多いです。しかし、その場合でも、まずは任意の買い集めを行うことが通常で、ドラッグ・アロング条項が実際に発動されるケースは稀といえます。ドラッグ・アロング条項は、むしろ任意の買い集めの交渉のレバレッジとして機能します。買い集めの形式としては、経営株主が他の株主から買い集めて一括して買い手に売却するケースと、買い手が各株主から直接買い受けるケースがあります。後者の場合でも、多数の株主が存在するスタートアップで、買い手が各株主と直接交渉するのは現実的ではないことから、経営株主が窓口となって買収者と交渉するケースが多いです。米国等のスタートアップM&Aでは、経営株主が「株主代表」として他の株主を代理して契約を締結する権限を付与されてる場合もあります。このような方法で任意の買い集めを図ることが一般的ですが、それでも買い集めに応じない株主がいる場合は、ドラッグ・アロング条項の発動、あるいは会社法に定められた特別支配株主の株式等売渡請求や株式併合を使ったキャッシュアウトを検討することになります。
次に、「3(M&A対価の分配)」として、買い手企業から受け取ったM&Aの対価をスタートアップ株主の間でどのように分配するかを検討します。M&A対価については、株主間契約の「みなし清算条項」で、会社清算時に準じた、優先株主への優先分配を定めていることが一般的です。基本的には、それに従った分配を図ることになりますが、それでは普通株主にほとんど分配がされないなど、関係者の満足するM&Aにならない場合は、そのルールとは異なるM&A対価分配を試みることもあります。一つの方法は、「マネジメント・カーブアウト」という、経営株主に実質的なM&A対価の一部をボーナスとして支払う方法です。この方法を取る場合は、M&A対価である株式譲渡代金の分配はあくまで「みなし清算条項」に従った分配をすることになります。もう一つの方法として、全株主の合意を得て、「みなし清算条項」に基づいて優先株主が得る対価の一部を普通株主に割り付ける(すなわち、株主間契約上の定めとは異なる分配とする)という方法もありえます。
続いて、「4(ストック・オプションの処理)」として、スタートアップが役職員に付与したストック・オプションをどう取り扱うかを検討します。IPOが行使条件とされ、M&A時には会社が無償で取得できるストック・オプションの場合は、その条項に従って処理すれば、スタートアップのストック・オプションがそのまま残り、M&A後の100%出資関係が崩れることはありません。しかし、IPO後のストック・オプションの行使をモチベーションにして頑張ってきた役職員のモチベーションへの悪影響が懸念されますので、買収会社が代わりのインセンティブプランの付与等を検討することになります。これに対して、非上場でも行使できるストック・オプションの場合は、M&A後の資本関係を崩さないよう、対応を検討することになります。例えば、ストック・オプションを行使して取得した株式を買い取る、あるいはストック・オプション自体を買い取るといった方法が考えられます。
次に、「5(法務デュー・デリジェンス)」として、スタートアップM&Aにおける法務デュー・デリジェンスのポイントを解説します。スタートアップは、事業や社内体制の整備が途上であることが多く、今後のイノベーションの継続により大きな成長を意図する組織です。このようなスタートアップM&Aでは、上場会社やそのグループ会社等のM&Aと比べて重点を置くべき事項も変わってきうるといえます。この点を踏まえ、スタートアップM&Aの法務デュー・デリジェンスのポイントを解説します。
次に、「6(基本合意書)」として、株式譲渡による完全子会社化のケースを想定して、スタートアップM&Aにおける基本合意書のポイントを、「7(最終契約書(株式譲渡契約・運営合意))」では、株式譲渡契約などの最終契約書のポイントを説明します。
「8(二段階イグジット)」では、スタートアップの株式の一部を第1段階目に買い取り、買い手企業の傘下でさらなる成長を遂げた後で残りの株式を買い取って完全子会社化を目指す、あるいは一部買収したスタートアップをグループ傘下で大きく成長させ後日IPOを目指す、「二段階イグジット」について説明します。
スタートアップM&Aには、それ以外にも様々な論点がありますが(株式対価買収や、シード期スタートアップでよく問題となるCE型新株予約権の処理や人材採用目的で行うM&A(アクイハイア)など)、これらについては、また別の機会に書きたいと思います。
(追記)続編
続編1(表明保証)