スタートアップM&Aの法務:8(二段階イグジット)

このコラムでは、これまで説明してきた100%売却ではなく、一部だけ売却し、残りは後日売却する、あるいはIPOを目指し残りの保有部分でIPO時のキャピタルゲインを目指す「二段階イグジット」について検討します。

なお、スタートアップM&A全般についての論点は、このシリーズの他のコラム(末尾参照)をご覧ください。このコラムでは、100%買収の場合と異なる、二段階イグジット特有の論点に絞って説明します。


1.二段階目が完全子会社化の場合


(1) 取引の内容


第1段階目では子会社(場合によっては持分法適用会社)にするだけの株式を取得し、その後一定条件が満たされた場合に、経営株主らが引き続き保有している株式を取得する方法です。第1段階目の取引で、一定の条件(業績やKPI指標等)を達成した場合に、経営陣が保有する残存株式をその時の業績を反映した価格で取得することを合意しておくことで、スタートアップの経営を行う経営株主のインセンティブになり得ます。

特に、スタートアップがVC等の投資家に優先株式を発行している場合、普通株主である経営株主に分配されるM&A対価は、「みなし清算条項」により優先株主への優先分配分を控除した残額が原資となりますので、その時点で100%買収をする場合、経営株主には十分な対価が分配されない場合があります。このような場合に、二段階イグジットを選択し、経営株主からは後日KPIを達成した場合にそれを反映した価格で売却するように合意しておけば、経営株主としても満足のいく条件でのM&Aになる可能性があります。


(2) 第1段階目で取得する株式


第1段階目で誰から株式を買い取るかはケースバイケースですが、一般的には、ベンチャーキャピタルなどの外部投資家は、処分して投資家に償還しなければならないという性質上、イグジットの確実性を重視しますので、第1段階で売却を希望するケースが多いと思われ、第1段階目はベンチャーキャピタルなどの外部投資家の保有分を中心に買い取ることが多いのではないかと思われます。

一部の株主からの買取りになりますが、スタートアップでは、投資家から出資を受ける際に締結した株主間契約で、先買権やタグ・アロングなどの条項が定められていることがありますので、これらの株主間契約の条項を踏まえ、ワークするプロセスにする必要があります。たとえば、先買権やタグ・アロングの権利を有する株主が第1段階で売却しないことが想定される場合は、これらの株主にも予めディールについて内諾を得ておくとともに、クロージングまでに先買権やタグ・アロングの権利不行使の同意書(Waiver Letter)を取得し、株主間契約上の先買権、タグ・アロングのプロセスを省略することが考えられます。また、買い手企業としては、このような権利処理が終了していることを、株式譲渡のクロージングの前提条件として最終契約に定めることが考えられます。

ストック・オプションの処理については、第1段階では100%親子関係を創出するわけではないため、処理は必須ではないとは思われます。もっとも、IPOの可能性が低くなることで役職員のインセンティブにも影響するため、代わりのインセンティブの付与などを検討するのが望ましい場合もあり得ます。


(3) 新たな株主間契約の締結


二段階イグジットの場合、買い手企業と経営株主(他にも株主がいればその株主)らとの間で株主間契約を締結します。

株主間契約の合意事項としては、まず、100%買収のケースで経営株主に経営者として残ってもらう際に締結する経営委任契約と同様、ガバナンスに関する合意が考えられます。具体的には、経営株主がスタートアップの経営者として経営に当たること、スタートアップの機関設計や役員構成、経営者としての義務(善管注意義務、職務専念義務、競業避止義務、勧誘禁止)、子会社管理規程の適用、役員報酬などが挙げられます。

二段階イグジットの場合の株主間契約では、上記のガバナンス関連の条項に加え、第二段階の完全子会社化や追加買取の時期、条件、価格などを定めておくのが、トラブルを避ける上で望ましいといえます。基本的には、条件を満たせば、一方当事者が他方当事者に通知することで発動できるコール・オプション(買い手企業側の権利)、プット・オプション(経営株主側の権利)として定めておくのが使いやすいように思われます。ただ、このようなプット/コール・オプションを定めた場合でも、価格が一時的に算定できない場合は、結局価格で合意できない限り、訴訟で裁判所に価格を決めてもらう必要が出てくるため、使いづらくなります。なお、対象会社の利益など比較的操作しやすいKPIに紐づけて買取の条件・価格について定める場合は、KPIの計算上具体的にどの程度の費用を対象会社つけられるか等も定めておくのが望ましいといえます。ただし、将来スタートアップがどの程度成長し、どのような姿になっているか見通せない中で、売買条件について事前に合意するのは難しい面はあります。

それ以外にも、以下のような条項を定めることが考えられます。

・経営株主の保有する株式の譲渡制限:経営株主の保有株式については、無断で処分することは想定されていないため、譲渡制限を課すことが多いと思われます。
・買い手企業が第三者に株式を売却する場合の、ドラッグ・アロング条項:買い手企業としては、将来が見通せない中で、第三者に売却するという選択肢も残しておきたいと考えることが多いと思われ、第三者に売却する上では、100%買収を望む第三者が多いことを考えると、ドラッグ・アロング条項を定めることが考えられます。なお、経営株主としては、想定した買い手企業以外の第三者の傘下に入ることには抵抗もあり得るとは思われますが、いずれにせよ一旦買い手企業が100%子会社化した後は買い手企業の一存で売却できるようになるため、違いは相対的なものにとどまるとも思われます。


2.二段階目としてIPOを目指す場合


一旦買い手企業の傘下に入った後さらなる成長を図り、IPOを目指す形態です。

上で説明した二段階目が完全子会社化のケースとは異なり、完了形として買い手企業の完全子会社になるのではなく、IPOにより独立した上場企業(ただし、買い手企業が上場親会社等として残ることは考えられます)になることを想定しています。このため、ストック・オプションを保有する従業員は、引き続きIPO後のストック・オプション行使をモチベーションにすることができ、経営株主としても、より強いモチベーションが期待できます。

もっとも、対象会社が将来上場する(買い手企業が親会社として残るとしても、上場子会社になる)ため、買い手企業にとっては、グループ会社としてシナジーを追求していくうえで、上場会社の一般株主の保護等の観点で、色々制約を課されることになります。




このシリーズの他の記事:
1(スタートアップM&Aの特徴)
2(株式の取得方法)
3(M&A対価の分配)
4(ストック・オプションの処理)
5(法務デュー・デリジェンス)
6(基本合意書)
7(最終契約書(株式譲渡契約・運営合意))
8(二段階イグジット)(今回)
続編1(表明保証)

[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。

2025.5.7
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