
1.はじめに
スタートアップがベンチャー・キャピタルなどの投資家から取締役の派遣を受ける場合、あるいは合弁会社が合弁当事者(株主)から取締役の派遣を受ける場合などの、いわゆる「派遣取締役」は、派遣元と派遣先との間の利害関係により難しい立場に置かれることがあります。典型的には、派遣元と派遣先との間の取引に、派遣先取締役という立場で関与する場合です。このような取引では、取締役を務める派遣先と、出身母体である派遣元の利害が合致しないことが通常ですが、派遣取締役は、典型的にはベンチャー・キャピタルが投資担当者をスタートアップに社外取締役として派遣する場合ですが、現に派遣元の役職員でもある場合もありますし、完全に出向している場合(例えば、合弁当事者から合弁会社に業務執行取締役として出向させる場合は、完全出向とすることが多いと思われます)でも一定期間後は派遣元に戻ることが一般的です。取締役は会社に対して善管注意義務・忠実義務を負いますが、他方、派遣元がわざわざ取締役を派遣するのは、派遣元の利益を確保する意図(あるいは情報の入手への期待)が含まれていることが一般的です。そのような、そもそもの派遣の意図も踏まえると、派遣取締役が、派遣元の利益と派遣先の利益が合致しない場合に、純粋に派遣元の利益を考慮に入れず派遣先の利益最大化を図ることは難しい側面もあり、派遣取締役が、派遣先の取締役として派遣先に対して会社法上負っている善管注意義務・忠実義務と、派遣元の期待や今後の派遣元での自己の立場との関係で、難しい状況に置かれる可能性があります。
もっとも、合弁会社の場合は、そもそも合弁会社の取締役全員が各株主からの出向者であることが少なくなく、また全ての株主が合弁会社に取締役を派遣していることが多いと思われます。そのような場合、いずれの合弁当事者(株主)も、合弁会社の各取締役はそれぞれの出身母体の利益代表の側面があるものだと考え、他社から派遣された取締役が、その出身母体の利益を考えて動くことは、お互い様であるとして相互に一定程度許容していることが少なくないと考えられます。そのような背景からか、日本の合弁契約では、株主から取締役への善管注意義務違反等による責任追及を禁止する条項を置くことがよくあります。取締役が実質的に株主の利益代表のような側面を持っており、かつそれがお互い様であるとすると、問題が発生した場合に、(他の株主から派遣された取締役に)個人責任を追及するべきではないという考え方につながりやすいといえます。それを認めると、自社が派遣した取締役にも他の合弁パートナーから責任追及される可能性があるため、誰も怖くて合弁会社の取締役に就任できなくなるためです。そうすると、そのような場合はあくまで出身母体である株主に対して請求するべきである、という考え方が受け入れやすい状況にあると思われます。
他方、スタートアップは、多くの株主がおり、その中で、各ラウンドのリード投資家など、一部の有力株主だけに取締役選任権が付与されるのが一般的です。その場合に、株主から派遣された取締役が、スタートアップの利益の最大化よりも自己の派遣元の利益を最大化しようとすることは、他の株主にとっては受け入れがたいものと思われます。とりわけ、取締役指名権を与えられていない株主からみると不公平と感じるでしょう。実際、スタートアップにおいては、派遣取締役への責任追及を制限する条項を株主間契約に置かれることは少ないと思われます。
以上のように、合弁の場合は問題を軽減する手当が株主間契約でなされることが多いものの、派遣取締役には、派遣元と派遣先の利益相反の問題がついてまわります。その一つの問題として、派遣先と派遣元会社の利害が一致しない問題について取締役会の審議対象になった場合に、その取締役がどのように行動すべきか、あるいはその取締役をどう扱うべきか、という問題があります。特に会社法との関係では、その取締役が会社法上の特別利害関係人に該当しないのか、という点が問題になります。なお、会社法上の特別利害関係人に該当すると、決議に参加できず、また、議長から退席を求められた場合は退席しなければならないと考えられています。本コラムでは、この点について検討したいと思います。なお、そのような問題以外に、派遣取締役が出身母体等に派遣先の情報を提供していいかという問題もありますが、この点は別のコラムで取り上げようと思います。
2.取締役会における特別利害関係人の扱い(総論)
(1)はじめに
まず前提として、取締役会における特別利害関係人の扱いの一般論を説明します。
会社法369条2項では、取締役会の決議について、「特別の利害関係を有する取締役は、議決に加わることができない。」と定めています。取締役会における、特別利害関係取締役の扱いについての会社法の条文はたったこれだけであり、非常にシンプルですが、実際の問題を考えるにあたっては、難しい問題が多々生じます。
例えば
・そもそも「特別の利害関係」とは何か?
・「議決」だけでなく、審議からも排除されるか。議長を務めることはできるか?
・違反した場合はどうなるか?
といったところです。
とりわけ、特別利害関係人の扱いを誤ると、取締役会決議の効力にも影響しうるので、慎重な取り扱いが必要なのですが、その一方で、特別利害関係の範囲が漠然としているため、色々と悩ましい問題があります。
(2)「特別の利害関係」とは?
特別の利害関係とは、一般に「特定の取締役が,当該決議について,会社に対する忠実義務を誠実に履行することが定型的に困難と認められる個人的利害関係ないしは会社外の利害関係」とされています。もっとも、取締役が、取締役会決議事項について、一定の利害関係を持つことは少なくなく、それが「会社に対する忠実義務を誠実に履行することが定型的に困難と認められる」水準に至った場合に特別利害関係ということになります。
一般に特別利害関係があると考えられているのは、以下の事項です。
・その取締役の競業取引や利益相反取引についての取締役会による承認決議
・譲渡制限株式の譲渡承認決議(その取締役が売主又は買主になる場合)
・その取締役の対会社責任を一部免除する決議
これらは、いずれも、その取締役自身に関する決議という側面があり、対象となる取締役は、客観的に会社の利益の最大化という観点から判断するのは難しい状況といえるでしょう。
取締役自身に関する決議という観点でいえば、代表取締役の選任・解任の決議や、株主総会に取締役選任・解任議案を出す決議もあります。これらが特別利害関係に当たるかどうかは難しい問題ですが、前者についていえば、代表取締役の選任決議については、該当しないという見解が一般的で、実務上もそのように扱われています。すなわち、上に書いたような個人的利害関係があるケースとは異なるということです。他方、代表取締役の解任決議について、解任対象となる代表取締役が特別利害関係人に該当するのか、という点については、最高裁判例(最高裁S44.3.28判決)は該当するという見解で、実務はその判例に従って動いています。もっとも、選任の場合と同様に、純然たる個人的利害関係の問題ではないとして学説上は異論も有力です。たしかに、解任の場合は、「解任」というインパクトの大きいアクションがなされるため、選任の場合と比べて本人が私心を去って公平に議決権を行使するのは期待しがたい、という部分はあり、それが異なる取り扱いをする理由とも思われますが、選任の場合と解任の場合で特別利害関係人に当たるかどうかの判断を分ける理由をどう整理するのか、というのは難しい面があるかと思います。
取締役の選任・解任議案を株主総会に出す場合の、株主総会議案を決定する取締役会決議については、少なくとも選任議案については、対象となった取締役は特別利害関係人ではないと扱われています。他方、解任議案については、解任を決定するのはあくまで株主総会であり、取締役会はその議案を提出するに過ぎないので利害関係は間接的ではないかという議論はあり得ますし、このようなことから、従前は株主総会付議議案については特別利害関係を問題にしない傾向がありましたが、代表取締役の解任決議の場合と同様、特別利害関係人に当たるとした裁判例があります(東京地裁H29.9.26判決)。
また、取締役の報酬については、株主総会において取締役全員に対する上限が決議された後で個々の取締役に対する具体的支給額を決定する取締役会決議(なお、取締役会決議でさらに社長等に授権されることが多いです)では、報酬総額が株主総会で決議されており、取締役と会社との間に利害対立がないという理由で、特別利害関係の問題はないと考えるのが一般的です。
(3)審議参加、議長就任の可否
特別利害関係取締役が審議に参加できるかどうかについては、見解が分かれていますが、いずれにせよ、①必要であれば利害関係取締役に退席を求めることができる、②必要であれば審議の場で説明を求めることができる、ということには異論はなく、どちらの見解でも実際上大きな差異はないとされています。
特別利害関係取締役が議長を務められるかについては、否定する見解が一般的です。
(4)違反があった場合の取締役会決議の有効性
(i)はじめに
実際上、特別利害関係があるかどうかの判断は難しいことが少なくありません。そのような場合にどうするかは、悩ましい判断です。特別利害関係取締役であれば、決議に関与させることで取締役会決議の効力が否定されるリスクが出てしまいますし、逆に、法的には特別利害関係取締役でない人を、そのおそれがあるとして決議等から外した場合、決議に参加できる取締役を外してしまったことになり、やはり決議の効力に影響が出てしまうおそれがあるためです。
以下、各場面ごとに見ていきます。
(ii)特別利害関係取締役が決議に参加した、あるいは議長を務めたなどの場合
特別利害関係取締役が決議に参加した場合の取締役会決議の効力については、水産業協同組合の理事会決議についての最高裁判決(最判H28.1.22)で、理事会の議決が当該議決について特別の利害関係を有する理事が加わってされたものであっても,当該理事を除外してもなお決議の成立に必要な多数が存するときは,その効力は否定されるものではないとしており、株式会社でも同様と考えられます。従って、基本的には、特別利害関係取締役を除外しても決議が成立していたのであれば、決議の効力には影響を与えないことになります。ただ、この事案は、特別利害関係人が議決権を行使しただけの事案であり、審議に影響を与えたわけではないため、審議に影響を与えていた場合は結論が変わってくる可能性はあると考えられます。
もっとも、特別利害関係取締役が議長を務めた場合については、裁判例が厳格な姿勢を示しており、東京地判H7.9.20は、特別利害関係を有する取締役が議長として取締役会に出席した場合は無効となるとしています。
(iii) 法的には特別利害関係人ではないのに「特別利害関係人である(又はそのおそれがある)として議決から排除された場合
上の場面とは逆で、法的には特別利害関係人でない取締役を排除してしまった場合にどうなるのか、という問題です。
まず、そもそも議長権限で、そのような、法的には特別利害関係人ではない取締役を審議・決議から排除できるのか、というのが問題となります。この点は、あまり明示的に議論されることは少ないように思われますが、強制的に排除できるとすると、議長の権限で、目障りな取締役を、「特別利害関係人のおそれがある」という理由をつけて取締役会の審議・決議から締め出すことができるということになりかねないため、基本的には否定されると思われます。もっとも、議長命令で強制されたのではなく、取締役が自分の意志で審議・決議から外れたのであれば、基本的に問題ないと考えられます。なお、完全にその取締役が自発的に審議・決議から外れた場合だけでなく、議長に促されて自分の意志で審議・決議から外れた場合を含みます。なお、その場合には、特別利害関係人でもないのに審議・決議から外れることが取締役としての善管注意義務違反にならないかという別の問題もありますが、特別利害関係といえるかどうかは明らかでないにせよ、一定の利害相反がある場合に審議・決議から外れることは、合理性があり、善管注意義務違反にはならないと整理するのが合理的と思われます。もっとも、特別利害関係人でない取締役は定足数に含められますので、その取締役が決議から外れることで定足数が満たないことにならないか、という問題はあります。
特別利害関係人ではない取締役を強制的に排除してしまった場合の取締役会決議の効力についても、同様に決議に影響があるかどうかが一つの判断材料になるかと思いますが、例えば、反対派の取締役を審議・決議から外す口実として特別利害関係のおそれが用いられたような場合は、重大な違法性があるとして無効になる可能性が高いと思われます。
(vi)みなし決議の場合
みなし決議(会社法370条)の場合、議決権を行使できる取締役の全員が賛成しないと成立しません。そうすると、特別利害関係のおそれがあるとして対象外にした取締役が、法的には特別利害関係取締役ではなかったとした場合、取締役会決議はそもそも成立していないと解さざるを得ないように思われます。
みなし決議の場合は、全員の賛成が必要なこともあり、特別利害関係取締役を入れたことで本来成立しないはずの決議が成立することは一般論として考えづらいと思われます。そうすると、特別利害関係取締役が決議に入り、それにより本来成立しなかったかもしれない決議が成立したという理由で決議が無効とされることは一般論として考えづらいことになり、特別利害関係取締役かどうかの判断が微妙な場合は、決議に含めておく方が安全だと思います。
3.派遣取締役と特別利害関係
派遣元の利害にかかわる案件が派遣先の取締役会で審議される場合において、派遣取締役が「特別利害関係人」として扱われるかどうかについては、当該案件が派遣先会社において会社法上の利益相反取引(会社法356条1項2号3号)に当たる場合(一般的には、派遣取締役が、派遣元の代表者である場合)には特別利害関係人に当たるとする見解と、より広く、例えば、派遣取締役が派遣元の従業員である場合も特別利害関係人に当たるとする見解に分かれています。前者の見解は、従来からの支配的見解で、会社法上の利益相反取引に該当しないような場合は利害関係が間接的なものに過ぎず特別利害関係人ではないと考えます。この見解によると、例えば、合弁会社で、合弁当事者である株主が代表取締役を合弁会社に派遣するようなケースは少ないと思われますので、ほとんどのケースでは特別利害関係人に該当しないことになると思われます。他方、後者の見解は、最近有力に主張されている見解であり、例えば、派遣元の役職員を兼務していることなどにより派遣元株主の指示を受ける立場にある場合は、「会社に対する忠実義務を誠実に履行することが定型的に困難と認められる個人的利害関係ないしは会社外の利害関係」があると考えます。なお、この見解も、派遣元の利害が少しでも関係すれば特別利害関係があると考えているのではなく(そもそも、役員派遣の目的は多かれ少なかれ自己の利害を反映するために行われますので、そこまで特別利害関係を広く考えると、役員派遣の意味をなさないことになります)、派遣元と派遣先会社の取引や、派遣元による競業などに限定しています。
また、複数の会社の社外取締役を兼務している場合に、他の会社(A社)の社外取締役として入手した情報が、この会社(B社)の取締役会での議論にとって有益だが、それをB社に伝えてしまうとA社への守秘義務違反になり得る、他方、B社の取締役会で伝えないと、B社側の取締役としての善管注意義務・忠実義務との関係で問題になるおそれがある、という板挟みの状況が発生してしまうことも考えられます。このような場合、特別利害関係があるとまではいえず、それを理由に審議・決議から外れることは難しいといえますが、守秘義務違反になるおそれがあるという理由で取締役会の審議・決議から外れることは許容される(善管注意義務・忠実義務違反にならない)と整理することは可能と思われます。
[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。