このシリーズは、国際取引で英文契約を締結される企業の担当者向けに、英文契約のポイントについて解説していきます。今回は、国際契約で重要な交渉ポイントになることが多い、準拠法と裁判管轄(仲裁合意)の解説です。
1.準拠法(Governing Law)
(1) 条項のサンプル
This Agreement and any dispute arising out of or in connection with it shall be governed by, and construed in accordance with, the laws of XXX, without reference to the principles of conflicts of laws.
(和訳)本契約およびそれに基づきまたは関連して発生する一切の紛争は、抵触法の原則を除きXXXの法律に準拠し、それに従って解釈される。
(2) 解説
(i) そもそも契約書に準拠法を書くことは必要?
日本国内の取引だとすると、契約書になにも書かなかったとしても、当たりまえのように日本法が適用されます。しかし、国境をまたぐ国際取引では、複数の国が関係してくるので、その中でどの国の法律を適用するのか、という問題がでてくるわけです。このため、国際契約では、準拠法を書いておくことが普通です。なお、どこの「国」の法律を適用するのか、という問題だけでなく、米国のように、州ごとに法律が違う場合は、どの州の法律を適用するのか、という問題もあります。
もし契約書に準拠法を書いておかなかったとするとどうなるのでしょうか。その場合は、裁判が行われる国の「国際私法」に従って裁判所が準拠法を判断します。たとえば、日本で裁判をする場合は、「法の適用に関する通則法」(通則法)という法律に従って準拠法が決まります。では、それでいいじゃないか、と思われるかもしれません。しかし、法律上、どの国の法律が適用されるのかはっきりしない場合もあるので、その場合、裁判所の判断が下るまで準拠法が分からないことがあります。
もともと、どの国の法律で契約が解釈されるのか、は契約の意味を解釈していくうえでも重要なので、それが決まっていないというのは好ましくないことです。このため、国際契約では、契約書で準拠法を書いておくのが普通です。
(ii) 準拠法条項の書き方
日本語の契約では、簡単に「本契約の準拠法は日本法とする。」とだけ書くケースも多いですが、英文契約では、例示したくらいの書き方をすることが割に多いと思います。このうち、「without regard to the principles of conflicts of laws」(抵触法の原則を除き)の部分は、どういう意味か分かりづらいと思いますが、契約書で準拠法として指定した国の国際私法によるとその国の法律が準拠法ではなくなってしまう場合でも、(その国の国際私法だけは無視して)その国の法律を準拠法とします、という意味です。
(iii) 準拠法の指定は万能ではない
契約での準拠法の指定は万能ではないことに注意が必要です。準拠法を契約書に書いたとしても、労働法・消費者保護法などの領域では、労働者・消費者の保護のため、他の国の法律(強行規定)が適用されることがありますし(通則法11条・12条)、そもそも準拠法に関係なく適用される法律もあります(例えば、日本であれば独禁法、外為法、労働基準法、いわゆる「業法」など)。一般的には、私人間の権利義務の調整ではなく、国益や社会政策の観点から作られた法律については、契約で準拠法を他の国の法律に指定したとしても、適用されることが多いと思われます。
(iv) 動産売買の場合はウィーン条約にも注意
また、国境を越えて行われる企業間の動産売買にはウィーン売買条約(正式名称は「国際物品売買契約に関する国連条約」(CISG))が適用されることがあります。たとえば、日本の会社と海外の会社との間の国際動産売買で、契約で日本法を準拠法として指定した場合、日本法自体ではなくCISGが適用されます。ただ、CISGは契約で適用を排除できます。実際にも、CISGにあまりなじみのない当事者が多いことから、CISGを適用しないと契約に書いておくことも多いです。
CISGの適用を排除するのであれば、たとえば「The application of the United Nations Convention on Contracts for the International Sales of Goods shall be excluded.」(和訳:国際物品売買契約に関する国連条約の適用は排除する)と準拠法条項に書き加えることが考えられます。
2.裁判管轄(Jurisdiction)
日本国内の契約でも裁判管轄条項は入っていることが多いですが、国際取引の場合は、どこの国で裁判をするかによって大きな違いがあるため、裁判管轄条項は重要な条項になります。
(1)条項の例
Each party irrevocably agrees that the XXX District Court shall have exclusive jurisdiction to settle any dispute or claim arising out of or in connection with this Agreement (including non-contractual disputes or claims).
(和訳)各当事者は、本契約に基づきまたは本契約に関連して発生する一切の紛争または請求(契約上ではない紛争または請求を含む)の解決について、XXX地方裁判所が専属的管轄を有することに、撤回不能の合意をする。
なお、「including non-contractual disputes or claims」(契約上ではない紛争または請求を含む)というのは、この契約に関する事項であっても、契約上の権利自体ではなく、「不法行為」(tort)という違う請求原因で請求する場合もあるので、そのような、契約上の権利自体ではないものも含む、という意味です。
(2) 専属管轄 vs 非専属管轄
裁判管轄には、専属管轄(exclusive jurisdiction)と非専属管轄(non-exclusive jurisdiction)の2種類があります。上のサンプルの文章は、専属管轄になっています。専属管轄とは、その裁判所にしか訴えることができない、ということです。これに対して、非専属管轄とは、その裁判所「にも」訴えることができる、という意味です。後者はどのような意味があるかというと、例えばその国と全く関係のない紛争が持ち込まれ、被告が却下するよう求めた場合は、裁判所は却下するのが普通ですなので、そのような場合でも受け付けられるようにする意味があります。しかし、裁判管轄条項はどこの裁判所で審理されるか予見可能性を高めるために入れることが多いので、契約書で非専属管轄を定めることはあまり多くなく、専属管轄とすることが多いです。
なお、専属管轄を契約書で決めても、たとえば消費者契約や労働事件についてはその通りにならないことがある(民事訴訟法3条の7第5項・第6項)など、限界もあることには注意が必要です。
(2) どの国の裁判所を指定する?
どこの裁判所を管轄裁判所と指定するかは、契約交渉の大きなポイントの一つになります。
(i) 自国の裁判所を指定しておけばいい?
注意する必要があるのは、自国の裁判所を指定するのが常に有利になるわけではないということです。たしかに、日本の裁判所だと、普段使っている日本の弁護士に訴訟をやってもらえますし、日本語で訴訟できるというメリットもあります。訴訟自体は、日本の裁判所が圧倒的にやりやすいでしょう。また、外国の裁判所では、汚職で公平な裁判がされないおそれがある国もあるといわれています。日本の裁判所は、汚職の話はほぼ聞かれないので、すくなくとも公平な裁判は期待できると考えられるでしょう。
他方、裁判で判決をとった場合に相手が自発的に判決に従わない場合は、「強制執行」という手続きが必要になります。しかし、日本の裁判所の判決が強制執行できないという国は少なくないという点に注意が必要です(条約などではっきり定められない部分が多いので、過去の判例を調べる必要があります)。相手方がその国の中にしか資産がなく、かつ日本の裁判所の判決に自発的に従う見込みがない場合は、日本の裁判所で判決をとってもあまり意味がないことになります。他方、相手方が日本で裁判を起こした場合は、日本の資産に対して問題なく強制執行できてしまうわけです。これが最大の問題点なのですが、これに加えて、「送達」でも不利になる点に注意です。自国の裁判所に、外国の会社を被告として裁判を起こす場合は、「国際送達」という手続きが必要になり、裁判がスタートするまでだいぶ時間がかかってしまうのです。相場としては、3か月から1年くらいはかかるといわれているようです。こちらも、相手方から日本の裁判所に訴訟を起こす場合は、国際送達ではないので、スムーズに裁判がスタートします。こちらも、自国の裁判所を指定した場合に不利になるポイントのひとつです。
ではどうすればいいのでしょうか。
自国の裁判所の方が裁判自体はやりやすいので、強制執行の問題がない場合は自国の裁判所を指定したほうがいいでしょう。また、強制執行ができなくても、裁判所の判決を無視することはレピュテーションに響きますので、判決が出ると自発的に従ってくれる可能性もあるでしょう。他方、日本の裁判所で判決が出ても、相手方の資産のある国で強制執行できない場合で、日本の裁判所で判決が出ても相手方が自発的に従ってくれなさそうな場合はどうすべきでしょうか。その場合は、相手方の国の裁判所を指定するという方法もありますし、あとで説明する国際仲裁を使うことも考えられます。日本国内では裁判が主流なので、日本の企業ではそもそも「仲裁」というものに全然なじみがないところも多いと思いますが、国際取引では「裁判」より「仲裁」の方がポピュラーといっていいくらいです。なお、「仲裁」というと、「間に入ってとりなし仲直りさせること」という意味もあるので、なんとくなくそういうイメージを持たれる方もいるかもしれませんが、ここで出てくる仲裁は全く別物で、オーダーメイドの裁判のようなものです。「仲裁判断」には裁判の判決と同じく強制力があり、多くの国が加盟している「ニューヨーク条約」という条約の加盟国であれば強制執行できることになっています。ただ、仲裁ならではの難点もあるので、どちらがいいかメリット・デメリットを考慮して決める必要があります。
(ii) 米国訴訟には注意が必要
米国訴訟は、ディスクロージャーの負担が重い、陪審裁判になる可能性がある、弁護士費用が高額になりがちという点に注意が必要です。特に陪審裁判は、結果が読みづらいうえ海外企業に不利になりやすいといわれるので、特に注意だと思います。陪審裁判を受ける権利は原則として放棄できるので、契約書に陪審裁判の権利放棄(waiver of jury trial)の条項を入れておくのがお勧めです。「権利放棄」というのがちょっとわかりづらいかもしれませんが、双方とも陪審裁判を受ける権利を放棄することで、相手方がこちらの意に反して陪審裁判にするよう求めることができなくなる、ということです。ただ、一部の州(カリフォルニアなど)では、原則として事前の放棄ができないといわれているため、注意が必要です。
陪審裁判の権利放棄の条項のサンプルは以下の通りです。重要な権利の放棄だから、という理由で、すべて大文字で書かれることが多いです。
EACH PARTY HEREBY IRREVOCABLY WAIVES, TO THE FULLEST EXTENT PERMITTED BY APPLICABLE LAW, ANY RIGHT IT MAY HAVE TO A TRIAL BY JURY IN ANY LEGAL PROCEEDING DIRECTLY OR INDIRECTLY ARISING OUT OF OR RELATING TO THIS AGREEMENT OR THE TRANSACTIONS CONTEMPLATED HEREBY (WHETHER BASED ON CONTRACT, TORT, OR ANY OTHER THEORY).
(和訳)各当事者は、適用法で許される最大限度において、本契約または本契約により企図される取引に基づき直接的にまたは間接的に生じまたはそれらに関連する一切の法的手続き(契約に基づくものか、不法行為に基づくものか、またはそれ以外の理論に基づくものかを問わない)において、その有しうる陪審裁判についての一切の権利を、取消不能の形で放棄する。
(iii) 交渉がまとまらない場合の妥協案
裁判管轄は重要なポイントですので、お互いに自分に有利な管轄を要求して交渉がまとまらないこともあります。その場合は、お互い裁判を起こされる側の国の裁判所を管轄にすることも考えられます。被告の所在国の裁判所に裁判を起こしたほうが強制執行もスムーズですので、これも合理的な方法といえます。
(iv) 準拠法と裁判管轄は違ってもいい?
たとえば準拠法をニューヨーク州法として、裁判管轄を日本の裁判所にするなど、この2つを別にしてもいいでしょうか。準拠法・裁判管轄をどうするかの交渉が折り合わないときに、折衷案としてこのようなアイデアが出てくることがあります。
法的には別々でもいいです。ただ、裁判官は他国の法律には通じていないので、裁判手続きが面倒になり、基本的にはおすすめしません。
3.仲裁(Arbitration)
(1) 裁判と仲裁の比較
仲裁とは、裁判管轄の個所でちょっと説明しましたが、オーダーメイドの裁判のようなものと考えるとイメージしやすいと思います。裁判所の判決に相当する「仲裁判断」は、裁判所の判決のように強制力があります。日本国内では裁判所への信頼が高いからかあまり普及していませんが、国際取引の紛争解決方法としてはポピュラーな方法です。
国際取引で仲裁がよく使われる理由としては、一番の理由は強制執行がしやすいことです。裁判管轄の個所で説明したように、ある国の裁判所で判決をもらっても、その判決を他国で強制執行できないことは珍しくありませんが、仲裁判断は、ニューヨーク条約の加盟国であれば強制執行できるからです。ニューヨーク条約は150か国以上が加盟しています。
そのほか、仲裁の主なメリットは以下のようなものがあります。
・専門性のある仲裁人を選ぶことができる・・・裁判の場合は裁判官は選べません。このため、ビジネス上の紛争の場合、裁判官がビジネスのことを十分理解して判決を出してくれるかという問題があります。仲裁の場合は、その分野に精通した仲裁人を選ぶことができます。
・中立性・・・国によっては裁判所の判断が自国有利になることがあるといわれます。これに対して、仲裁は、とりわけ第三国での仲裁の場合、中立性が高くなります。
・手続が非公開・・・裁判は原則として公開されてしまいますが、仲裁は非公開です。レピュテーション上のダメージを避けられるほか、企業秘密や営業秘密を守るうえでもメリットがあります。
相手方が米国企業の場合、米国で裁判になると、陪審裁判やディスカバリーの負担がかかりますが、仲裁だとその負担を避けられるメリットもあります。ただ、仲裁でも、米国訴訟ほどのディスカバリーは通常ありませんが、ある程度のディスカバリーをやることが多いといわれています。
また、仲裁のメリットでもありデメリットでもある点ですが、仲裁は訴訟と違って上訴できないため、迅速に判断が確定することが多いです。他方、癖のある仲裁人に当たって変な仲裁判断がなされた場合でも、上訴して判断を変えてもらうことができない、というデメリットにもなります。
また、仲裁では仲裁人の報酬を当事者が負担しなければいけないため、費用が裁判に比べると費用がかさんでしまう要因になります。もっとも、裁判で上訴され手続きが長引いた場合は、裁判での弁護士費用がかなりかさむ可能性もありますので、裁判と仲裁のどちらがコストが安いかは難しいところです。
(2) 仲裁条項
仲裁にする場合は、契約書に仲裁条項を入れておくのですが、例えば、日本のJCAAを仲裁機関として指定する場合は、JCAAが以下のようなモデル条項を用意しているので、原則としては、それを契約書に書いておけばいいです。ただ、モデル条項に書いてある内容以外に、仲裁人の数、要件(国籍、資格、経験等)、仲裁手続言語なども指定することができます。
(日文)
この契約から又はこの契約に関連して生ずることがあるすべての紛争、論争又は意見の相違は、一般社団法人日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って仲裁により最終的に解決されるものとする。仲裁地は東京(日本)とする。
(英文)
All disputes, controversies or differences arising out of or in connection with this contract shall be finally settled by arbitration in accordance with the Commercial Arbitration Rules of The Japan Commercial Arbitration Association. The place of the arbitration shall be Tokyo, Japan.
(iii) 「仲裁機関」「仲裁地」とは?
サンプル仲裁条項の中に「仲裁機関」「仲裁地」という概念が出てきましたので、ちょっと説明します。
「仲裁機関」とは、仲裁手続の支援をしてくれる機関で、これがないと仲裁ができないわけではないですが、仲裁機関を使うほうがスムーズなので、ほとんどの場合仲裁機関を利用します。このため、よほどの理由がないのであれば仲裁機関を使うのがよいと思いますし、その場合契約書にあらかじめ仲裁機関を書いておきます。仲裁機関としては、ICC(パリ)、AAA(米国)、SIAC(シンガポール)などが世界的に有名で、日本の仲裁機関としてはJACCがあります。
「仲裁地」というのは、仲裁に適用される法律を決める基準となる場所です。たとえば東京を仲裁地にすると、日本の仲裁法が適用され、仲裁判断の取消しをする場合は東京の裁判所になります。なお、証人尋問などを会議室を使って行う場合、これも仲裁地でやることが多いですが、こちらは他の国・都市でやってもいいことになっているため、こちらは仲裁地とはイコールではありません。
[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。