非上場中小企業における株主名簿の整備と事業承継M&A

非上場中小企業では、「株主名簿」を作っていないケースがよくみられます。そもそも「株主名簿」がどのようなものか知られておらず、株主名簿とは、法人税等確定申告書別表二の「同族会社等の判定に関する明細書」である、と思われていることもあります。

株主名簿の未整備の問題は、普段はなかなか顕在化しないと思いますが、事業承継M&Aなどの際に、重大な問題となる可能性があります。また、株主間で紛争が起きてしまった場合も重大な問題になる可能性があります。そこで、(将来の事業承継M&Aなども視野にいれて)株主名簿について説明しようと思います。


1.「株主名簿」とは?


「株主名簿」とは、会社法121条に基づき、株式会社が作成しなければいけない、株主の名簿です。


(1)株主名簿に書かなければいけないこと


株主名簿に書かなければいけないことは
・株主の氏名・名称
・株主の住所
・株主が持っている株式の数
・株主が株式を取得した日
・株券番号(株券発行会社の場合)
です(会社法121条)。

なお、株券発行会社で、株券不所持の申出がされた場合は、株券を発行しない旨も株主名簿に書く必要があります(会社法217条)。

「株券発行会社」について少し説明すると、「株券発行会社」とは、定款に株券を発行する旨の定めがある会社です(会社法117条7項)。いま実際に株券を発行しているかどうかではありません。ただ、少しややこしいですが、会社法施行時(2006年5月1日)において、定款に株券を発行しない旨の定めがない会社は、その後定款を変更して株券不発行会社に移行しない限り、株券発行会社です。定款に、株券を発行する旨の定めがあるものとみなされる(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律76条4項)からです。とりわけ、2004年商法改正前はすべての会社が株券発行会社でしたので、その前に設立され、その後に株券を発行するかどうかについて定款の変更をしていない会社は、株券発行会社ということになります。

また、株券不所持の申出というのは、株券発行会社において、「株券を持たない」という株主からの申出てで、主に、株式の紛失・盗難リスクを負わないようにするためになされます。株券発行会社では、株式の譲渡をする場合などは株券を発行してもらう必要があるのですが、それまでの間は株券を持っていなくても不都合がないので、余計なリスクを負わないよう、株券を発行しない形にするものです。実際のところは、株券発行会社だけれども株券を発行していない、という会社は多いと思いますが、その場合は、株主に株券不所持の申出をしてもらい、株主名簿にもそのように記載するのが適切です。

加えて、以下の点にも注意が必要です。
・種類株式発行会社の場合は、種類ごとに保有株式数を書く必要がある。
・(株券不発行会社の質権設定、株券発行会社の登録質について)質権者の氏名・名称、質権者の住所、どの株式に質権が設定されたかを記載する必要がある(会社法148条)。
・株券不発行会社で、株券が信託された場合、追加の記載事項がある(会社法154条の2)。


(2)株主名簿の様式


株主名簿の様式は、特に決まっておらず、上の記載事項が書いてあればいいです。書面でも電子データでもどちらでもいいです(会社法125条2項参照)。また、書面でつくった場合も押印は必要ありません。


(3)株主名簿の本店備置、株主・債権者による閲覧・謄写


株主名簿は、本店に備え置き(会社法125条1項)、株主や債権者から閲覧・謄写を求められた場合は、会社法125条3項に定められている拒否事由がある場合を除き、応じる必要があります(会社法125条2項)。

もっとも、株主名簿は、それ自体をどこか公的機関に提出しなければいけないものではありません。このように、株主名簿の提出を公的機関などから求められることがない、というのが、中小企業で株主名簿を作っていない(そもそも認識すらしていない)ケースが少なくない背景にあるものと思われます。


(4)株主名簿を作らなかった場合


株主名簿を作らなかった場合、あとで説明するような諸々の不利益を被るおそれがありますが、会社法976条7号に基づき100万円以下の過料が課せられる可能性があることにも注意です。虚偽の記載をしたときや、本店に備置しなかったときも同じです(同条7号・8号)。


2.株主名簿の効力


株主名簿にはどのような効力があるのでしょうか。


(1)株式譲渡の「対抗要件」である


株主名簿のもっとも基本的な効力のひとつは、会社法130条に書いてある、株式譲渡の「対抗要件」です。

会社法130条は、以下のように書いています。
~~~
1 株式の譲渡は、その株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し、又は記録しなければ、株式会社その他の第三者に対抗することができない。
2 株券発行会社における前項の規定の適用については、同項中「株式会社その他の第三者」とあるのは、「株式会社」とする。
~~~

「対抗要件」というのは法律になじみのない人には聞きなれない概念ではないかと思いますが、まず、会社との関係では、会社に対して権利を行使するためには株主名簿の名義書換しなければいけないということです。言いかえると、株主側から名義書換請求がされない限り、会社は、株式が譲渡されたことを知っていても、株主名簿上の株主を株主として取り扱えばいい(たとえば、株主総会で議決権を行使させればいい)ことになります。ただ、会社側から譲受人を株主として扱うことはできるとされていますが、間違っていた場合のリスクは会社が負うことになります。

また、会社以外の第三者に自分が株主であることを主張する場面でも、株券不発行会社では、株主名簿が基準になります。なお、株券不発行会社とは、上に書いたように、株券をいま現に発行していない会社ではなく、株券を発行する旨の定款の定めがない(古い会社については、そのような定款の定めがあるとみなされない)会社です。たとえば、Aさんから株式を譲り受けたBさんは、株主名簿の名義を書き換えておかないと、Aさんの債権者に株式を差し押さえられる可能性があり、そのときに「その株式は、私(Bさん)が譲り受けたので、今は債務者Aさんではなく私のものです」と差押債権者に主張できないことになります。ただ、このルールは株券不発行会社だけなので、株券発行会社の場合は、会社以外の第三者との間では「誰が株券を持っているか」が基準になります(権利移転の成立要件)。

このように、会社との関係、さらには株券不発行会社の場合は第三者との権利関係を処理する基準になるのが株主名簿です。


(2)通知・催告に関する免責


会社が株主に対してする通知・催告は、株主名簿上の株主住所に送れば、実際に株主に到達しなかったとしても、通常到達すべきであったときに到達したものとみなされます(会社法126条1項)。株主への通知としては、例えば株主総会の招集通知(会社法299条1項)があり、招集通知がきちっとなされていない場合は株主総会決議の有効性が否定されるリスクがありますが、株主名簿を作成し、そこに記載した株主住所に送っておけば、実際に通知が到達しなかったとしても、到達したものとみなされる(通知がきちっとされていると扱われる)ということになります。

この通知が5年以上継続して到達しない場合は、それ以後その株主への通知・催告をしなくてよくなります(会社法196条)。なお、この場合で、さらに5年間の間その株主が配当も受領しなかった場合は、所在不明株主の株式競売制度が活用できます(会社法197条)。この制度は、事業承継などに備えて株式を集約する上でも重要な制度ですが、そもそも株主名簿を作っていない場合は、株主名簿上の住所への送付というのもできないので、この制度を利用することはできません。


(3)基準日制度


決算期末の株主名簿上の株主を定時総会で議決権を行使できる株主としている会社が多いと思いますが(会社法124条)、このような基準日制度は、株主名簿の記載が前提になっているので、株主名簿がないのであれば当然利用できません。


3.会社が株主名簿に記載・名義書換しなければいけない場面


会社が株主名簿に記載、あるいは名義書換しなければいけない場面は、会社法132条・133条に定められています。

まず、新株を発行した場合などは、会社の方で株主名簿に記載しなければなりません。この場合は、株主からの請求は不要です。

次に、株主は、株式譲渡などをしたときは、株主名簿の名義書換請求ができます。新株主と株主名簿上の株主が共同で書換請求をするのが原則ですが(会社法133条2項)、株券発行会社では、新株主が株券を提示して請求すればいいです(会社法施行規則22条2項1号)。

もっとも、非上場中小企業のほとんどは株式に譲渡制限をつけていますが、譲渡制限株式の場合は、会社による譲渡承認等がされない限り名義書換請求できません(会社法134条)。なお、株主から譲渡承認請求がされておらず、そのため会社も譲渡承認をしていない、という場合に、会社が譲受人を株主として扱い株主総会で議決権を行使させることは可能でしょうか。会社として株式譲渡に反対するつもりもないが、株主が譲渡承認手続きを取っていない場合に、譲受人を株主として扱っていいかということです。しかし、判例(最判昭和63年3月15日)によると、これは許されないので、きちっと譲渡承認請求のプロセスを踏んでもらう必要があります。ただ、譲渡人以外の全株主が譲渡に同意している場合であれば問題ないと考えられています(最判平成9年3月27日)。


4.M&Aの際の不利益


株主名簿を整備していないと、買い手として誰が株主なのか確認するのが難しくなりますし、また、株主名簿上の株主に通知を送ることでの免責効なども活用できなくなり、所在不明株主の競売請求やスクイーズアウトで株主を集約するのも難しくなります。このため、M&Aの際には大きな障害になる可能性があります。また、買い手側からの信用という点でもマイナスでしょう。


5.株主名簿を作成していない場合の対応


これまで株主名簿を作成していない会社は、早急に株主名簿を整備するのが望ましいと考えられます。ただ、過去株主が変遷しているような会社の場合、今の経営株主の認識に沿って株主名簿を作れば、それに従って免責効が生じるかというと、なかなか難しい問題もあるように思います。

現在株主名簿がないとして、一番望ましい方法は、当初の株式発行の時点の株主名簿を作り(会社法132条)、それ以後の株主の移転については、株主から名簿書換請求をしてもらって、株主名簿を書き換えていく(会社法133条)というやり方です。なお、この場合でも、譲渡制限株式の場合で、譲渡承認の手続きをしていないのであれば、それも必要になると思われますし、さらにいえば、株主総会を実際には開催していないようなケースもありますが、その場合は、今の取締役会で譲渡承認してよいのか(有効な取締役なのか)、という問題もありますので、細かく見ると色々論点があります。

他方、過去の株式譲渡について、連絡がつかない、関係が良好でなく協力を頼みづらい、といった事情で、今さら株主から名義書換請求をしてもらうことが困難なケースも少なくないでしょう。その場合どうするのか、というのは悩ましい問題だと思われます。当初の(株式発行時の)株主と連絡がつくのであれば、当初の株主から今の株主への名義書き換え請求をしてもらうという手段は考えられます。株券発行会社で、今の株主が株券を呈示して名義書換を請求しているケースであればそれでよいと思いますが(会社法施行規則22条2項1号。なお、大審院昭和8年2月22日判決も中間の株主を省略して最後の譲受人に直接譲渡されたように名義書換した場合も、その最後の譲受人に株主だとしている)、株券の呈示がないケースでは、今株主と称する人が本当に株主なのかをどう確認するのかという問題は生じる可能性があります。(もっとも、当初株主と、現株主とされる人が共同で名義書換請求をしている場合は、会社法133条2項の要件を満たしますので、応じてよいと思われます。)なお、そもそも株主名簿の名簿書換請求や譲渡承認請求がされていないのだとすると、当初の(株式発行時の)株主を株主として扱うということも考えられます。もっとも、その後の譲受人を株主として扱っていた場合は、トラブルになる可能性があり、信義則上もそのような扱いが許されない可能性もあると思われますので、現在の株主と思われる人に名義書換や譲渡承認請求をするよう促すのが望ましいと思われます。

割り切って経営株主が現在の株主と認識している人を株主名簿に記載するという方法も考えられますが、そのような株主名簿に、これまで説明してきた免責効などが認められるのか、という点については、否定されるリスクも高いと思われます。かなり昔の裁判例ですが、昭和29年5月28日の東京地裁判決は、会社が適法に株式を取得した疎明なく無権利者に株主名簿の名義書換をした事案で、「法は株主名簿上の株主としての記載という標準を設け、これに記載された者は、いちいち、株主であることを証明しなくても株主と推定され、その権利を行使し得ると同時に、会社はこの記載にしたがつてその者に対しある行為――たとえば株主総会の招集通知をすれば、その者が真の権利者でない場合でも、その責任を免れることとしたのである。しかし、これは、あくまでも、権利の実質関係に依存することを前提とするものであるから、もし、無権利者のために名義書換がなされた場合において、これにつき会社に悪意又は重大な過失があるときは、その名義を抹消された株主は、現実の株主名簿の記載にかかわらず、会社に対し依然株主たることを立証してその権利を行使することができるといわなければならない。」と述べ、当時の商法224条(現会社法126条)に基づく通知の効力を否定しています。したがって、経営株主が自分の認識で作成した株主名簿では、会社法126条に基づく免責の対象にはならない可能性が相応にあると思われます。また、それにより株主に損害が生じた場合は、会社法429条に基づく損害賠償責任を負う可能性もある思われます。

このように、事案によりますが、対応が悩ましいケースもありうるものと思われます。



[ディスクレイマー]
本コラムは、お客様の参考として一般的な情報を提供するものであり、具体的な法的助言を意図したものではありません。また、分かりやすさを保つため、法的には厳密さを欠く表現にしている部分も多くあります。実際の事案を検討される際には、必要に応じて専門家にご相談ください。

2024.6.25
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